タイ、未熟な闘争、求められる国民の声に応える政治
ここ数ヶ月のタイの政治闘争は、何とも分からない、割り切れないものの残ったものでした。しんぶん赤旗が取材したタイ有識者の意見・感想に関する記事を引用しておきます。
2010年6月8日(火)「しんぶん赤旗」
矛盾ふきだすタイ〈上〉
暴動・衝突 未熟な闘争政治対立が続くタイは、2カ月余りに及んだ反政府デモが終結し、ひとまずの平穏を取り戻しています。治安部隊によるタクシン元首相派デモ隊の強制排除、衝突、暴動と、暴力が吹き荒れた背景には何があったのか、今後の展開はどうなるのか―。タクシン派関係者や識者を取材しました。(バンコク=井上歩)
暴力に違和感
数千から数万の群衆でバンコク都心の繁華街を占拠したタクシン派「反独裁民主統一戦線」(UDD)は、徹底抗戦の末、治安部隊にデモ会場を制圧され、敗北しました。これまでUDDに理解があるとされていたチュラロンコン大学政治学部のプラパート准教授は、「UDDにはとても失望した」と語ります。
「当初は、解散・総選挙を求める集会に賛成していました。しかし、暴力が見えてきて違和感を覚えました」
4月10日の衝突事件で治安部隊が手りゅう弾や実弾攻撃を受け、2回目の排除後は商業施設などへの放火も発生。「デモ隊のほとんどは一般市民」(アピシット首相)だったものの、UDDが過激派や武装グループを内包していたことは、日を追うごとに明らかになっていきました。
タクシン派の雑誌編集長、ウィブーン元上院議員は「UDDの一部のグループは、平和路線では政府を倒せないという考えだった」と話します。
プラパート准教授は、強制排除のおよそ半年前に出された政府の和解案・11月総選挙案をUDDが最終的に受け入れなかったことが、決定的だったといいます。「タイの世論も和解案受け入れと集会解散を望んでいた。受け入れてもUDDは大勝利だった」。UDDは一度は受け入れを表明し、結局集会を続けるという不可解な行動を取りました。
希望あったが
「衝突で犠牲者が出るなど事態が進むにつれ、UDD内で強硬派が主導権を握るようになっていった」というのはチュラロンコン大政治学部講師のナルモン博士です。
UDD穏健派に近く、平和解決を目指して解散時期の提案や連絡調整など両者閻の対話を支援した人物です。
同博士によると、「平和路線の幹部たち」(穏健派)は和解案に賛成し、しかも指導部内の多数派でした。しかし、一部の強硬派幹部、地方の指導者、自警団、元軍人グループが反対。仲間に死傷者を出している集会参加者の気持ちが収まらないと強く主張し、穏健派を押し切りました。
集会続行の理由には、テロ容疑などがかかる強硬派幹部が長期の拘束を恐れたとの"保身"説や、「タクシン元首相が認めなかった」(アピシット首相)との見方もあります。いずれにしても、強制排除を招き、和解案拒否後に56人以上が死亡しました。
ナルモン博士はこう嘆きます。「平和路線の幹部たちは真剣に働き、大きな希望があった。しかし、力がなく、負けた」「UDDは、意思決定の機能をきちんとつくっていなかった」(つづく)
2010年6月9日(水)「しんぶん赤旗」
矛盾ふきだすタイ〈下〉
声に応える政治みえずタイの反政府デモで中心的役割を担ったタクシン派の団体「反独裁民主統一戦線」(UDD)について、UDD穏健派に近いチュラロンコン大学政治学部のナルモン博士は「組織としてまとまっていなかった」と指摘します。
「UDDはさまざまなグループが集まったネットワーク。デモ会場の指導者、各県の指導者と代議士などがそれぞれグループを持ち、さらに暴力を好む過激派がいた。30人くらいで会議を開くが、意思決定の機能をきちんとつくっていなかった」
UDDが掲げた目標は「解散・総選挙」による民主主義の実現。しかし、政府の11月総選挙提案を受け入れなかったばかりか、バンコク都心の繁華街を占拠し続けるなど「タイの経済をストップさせ、国家を機能不全にして失政を言い募ろうとする、非民主的な戦略をとった」(同大のプラパート准教授)とみられています。
タイの市民運動にくわしい同大政治学部のスリチャイ教授は「UDDはもはや民主主義を推進する勢力としての資格を失いつつある」といいます。
新しい戦術は
しかし対立は終わりません。タクシン派の野党・タイ貢献党のアルニー下院議員は、「われわれは必ず勝たなくてはいけない。新しいたたかい方を考えている」といいます。「タイの民主主義には黒い影が潜み、見えない力が働いている。私たちは真の民主主義を求めている」
タイの政治対立は、選挙で選ばれたタクシン派政権がクーデターや司法の与党解党判決で政権を追われ、先鋭化してきました。いまや、タブーとされる王制にまで踏み込んだ、国のあり方をめぐる争いになっています。
ナルモン博士は「政府は、彼らが格差や不公平感などの現実の問題を持って、民主主義を求めたことを理解しなければならない」と指摘します。
UDD指導部に批判的なタクシン派のウィブーン元上院議員は「新しい大衆闘争が必要だ」との考えを示します。同派の一部グループは各地で政治学校を開くなどしており、「政治的に目覚める人が増えてきている。その人たちが求めているのは新しい指導者だ」といいます。
声なき多数派
今後の焦点は、政府が国民和解ロードマップを実施してどれだけ格差や不公平感を解消できるかどうか、タクシン派が中間層の根強く反発するタクシン元首相とのつながりを切って、運動を広げられるかどうかにある―識者は指摘します。
「一番の問題は、だれも国民の支持を得ていくような戦術をとっていないこと」というのはブラパート准教授。政治対立のなか、タイ国民の6割以上はタクシン派・反タクシン派のどちらにもつかない「声なき多数派」だとされています。
スリチャイ教授はこう嘆きます。「国民多数派の声を反映する新しい政治家が少しでも出てくれば、国の助けになる。しかし、いまはまだ、この状況にこたえられる政治が見えてこない」(バンコク=井上歩)(おわり)
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