カテゴリー「書籍・雑誌」の14件の記事

2010年6月23日 (水)

松竹伸幸『幻想の抑止力 沖縄に海兵隊はいらない』

Yokusi_s

 昨日、一気に読みました(「まえがき」、「あとがき」込みで110ページです)。待ちわびていた本です。思ってた以上に基礎的で分かりやすく、面白い。

 しばらく前から耳にし始めた「沖縄のアメリカ海兵隊は抑止力」との説明、不勉強な僕にとっては唐突で意味不明なものでした。「核抑止力」という言葉なら昔から耳にたこができるほど聞かされてきましたが、通常戦力のアメリカ軍自体が抑止力だとの説明は初めて聞いたものだったからです。一体いつからそんな理論ができたんだろうと疑問に思ったんです。

 しかも、この「抑止力」という言葉は、「日本の防衛の役に立っている」、「日本の防衛に必要だ」という意味を持たせられながら使われているようなので、よけい疑問に思いました。この本にも引用されていますが(pp.77-78)、既に(1982年4月)当時のワインバーガー国防長官が正式な場である上院歳出委員会で、しかも書面で、「沖縄の海兵隊は、日本の防衛にはあてられてない。」と明言しているからです。日本防衛の任務のないアメリカ海兵隊が、日本防衛の役に立つなんて、論理的に成り立たない。

 著者は、抑止力とはそもそもどんなものか(第1章)、抑止力だと言われている海兵隊がどんなものか(第2章)を検討した上で、沖縄の海兵隊が抑止力なのかという問題に解答を与えます(第3章(1)-(4))。その上で、抑止力論という曖昧で不確かな日本防衛論ではなく、集団安全保障理論を発展させた、北東アジア集団安全保障機構という、具体的で現実的な日本防衛論を提起します(第3章(5))。

 僕がさしあたって欲しかったのは、抑止力(論)とは何か、海兵隊とは何かについてのまとまった知識でしたが、著者はそれには、第1章、第2章で、誰にでも分かるような易しさと具体性をもって答えてくれました。が、それを越えて、抑止力論に代わる防衛構想(北東アジア集団安全保障機構)を具体的に示してくれました。予想以上に面白かった所以です。また、ここまで記述が及んでいるが故に、日本の安全保障をまじめに考えたい人にとっては、視野の広い、前向きな議論の材料を提供してくれていると思います。

 かもがわ出版、900円(税別)。多くの方に読んで頂きたい。

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2010年5月24日 (月)

司馬遼太郎『坂の上の雲』(文春文庫 全8巻)

 ある程度期待しながら読み始めたのですが、全くつまらない作品でした。

 秋山好古・真之兄弟と正岡子規の人生を軸に明治時代が描かれているのかと思って読み始めたのですが、書いてあるのは、日露戦争であり、しかも現場の指揮官の目で見た戦場での戦闘ばかりでした。

 日露戦争の戦場を描いたものなぞ読んだことがありませんから、それなりに勉強になりましたし、また、確かに司馬さんは筆力があって相当の迫力やリアリティーを感じさせられました。

 しかし、この作品が明治という時代やその時期の日本人を描いていると言われると、とたんに眉に唾せざるを得ません。それらが、現場指揮官の見た日露戦争の戦場に集約されているとは、とても思えないからです。実際、この作品を読んでも、僕にはそのようには感じられませんでした。この作品には、司馬さんの固定観念とでも言うべきものが、様々に散りばめられているように思いましたが、それを前提にして初めて、日露戦争の戦場がそのように見えてくるのだと思います。

 司馬さんは、この作品は「事実に拘束されることが百パーセントにちかい」と何度か述べていますし、戦場の細々した事柄については確かにそうなのでしょうが、明治という時代やその時期の日本人の全体については、このご本人の言は当たってないと思います。

 結局この作品は、戦争評論家のような目で日露戦争の戦場を観察・考察したい人には意義のあるものかもしれませんが、秋山兄弟と子規の人生、あるいは明治という時代を把握・理解したい人にとっては、むしろ有害なものだと思いました。

 なお、作品中に織り込まれている司馬さんの様々な論評とその語り口は、僕にはとても偉そうに感じられ、たびたび鼻白む思いや不快感を抱かされました。

 また、この文庫版の解説は島田謹二氏が書いていますが、内容においても形式においても何とも下品な文章で、僕は評価しないにしてもそれなりの品格を持つ司馬さんの作品を、汚しているだけの印象を持ちました。これだけ売れ続けている本なのですから、出版社は、作品にふさわしい内容・形式を持つ解説に差し替える見識を持つべきだと思います。

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2010年1月10日 (日)

神水理一郎『清冽の炎』第1~5巻(リンク追加)

 昨年の6月に読んだものです。その頃しんぶん赤旗の広告が目に止まり、興味を惹かれたのでまとめて買って一気に読みました。著者の神水理一郎(くわみず・りいちろう)氏は、福岡県で弁護士をやられている永尾廣久さんのペンネームだそうです(河田英正のブログ 2008年01月03日「清冽の炎」)。なので、永尾さんの書かれた『星よ、おまえは知っているね-セツルメント青春群像』も引き続いて読ませていただきました。

 この『清冽の炎』、面白かったです。やっと東大闘争時のキャンパスの具体的な雰囲気が分かったように思えました。

 と言うのも、当時の学生は皆、こんな行動が政治や社会の変革に結び付くなどと本気で考えていたのか、ずっと疑問だったからです。この1968年頃の学生運動と言うと必ず、安田講堂に立てこもった全共闘を警察機動隊が排除・逮捕していくときの映像が流されますし、当時小学校6年生だった僕もこの映像をテレビで見ました。しかし、多数の学生が、持続的に、大学と街の施設を破壊したり学生・教員を暴行することで大学と社会・政治が変わると本気で考えていたとは、とても思えなかったのです。

 そこでこの『清冽の炎』に飛び付いたわけですが、正解でした。ああいう考えと行動に走った学生は、結局は少数派だったことが、具体的によく分かったからです。しかも、多くの学生が、こういう状態や学生を単に傍観して放っておくのではなく、それをなくすべく、立場・考えの違いを越えて力を合わせて真正面からたたかったということも具体的によく分かりました。他方で、当時の自民党政府・警察が、大学への管理を強化し、革新勢力のイメージを貶めるために、この破壊・暴力活動を利用する流れも分かります。

 事実関係は著者自身の実体験と十分な調査によりありのままに描きながら小説仕立てなので分かりやすい。小説の登場人物としては、神水という学生が、僕にとっては最も魅力的でした。

 この関連で、島泰三『安田講堂 1968-1969』(中公新書)という全共闘で安田講堂に立てこもっていた人が書いたものも読みましたが、情緒的な思考で自らを正当化する風のもので、全然ダメです。事実を歪めて書いていることも、この記事の最後に引用するブログの記事で具体的に指摘されています。

 この全共闘の破壊と暴力の活動は、結局その後の学生と国民から政治と社会への関心を奪っていったのだと思います。日本人の中の政治的・社会的に未熟な部分が全共闘になり、また、その行動が、日本人の政治社会意識の向上を大きく妨げたのだと思います。彼らの罪は大きいと思います。

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 福岡県弁護士会ホームページの中に設けられた「弁護士会の読書」というブログで読んだ方から詳しく紹介されています。

2005年12月16日「清冽の炎」
2006年12月27日「清冽の炎 第2巻・碧山の夏」
2007年07月27日「清冽の炎(第3巻)」
2007年08月03日「清冽の炎(第3巻)」
2007年08月10日「清冽の炎(第3巻)」
2007年12月25日「清冽の炎・第4巻『波濤の冬』」
2008年11月10日「清冽の炎(第5巻)」

 以下も参考になります。

2006年02月02日「安田講堂」
2008年08月01日「ゲバルト時代」
2009年10月09日「1968(上)」
2010年01月16日「1968年に日本と世界で起こったこと」

2009年12月13日 (日)

井上文夫『時をつなぐ航跡』

 山崎豊子さんの『沈まぬ太陽』を読んだのをきっかけに読みました(この作品と、それを基にした映画についてのささやかな感想は、12月6日の記事)。静かな感動がいつまでも残る、とても素晴らしい作品でした。

 『沈まぬ太陽』1、2巻は、1960年前後、日本航空が日本航空労働組合に加えた分裂と差別・弾圧の攻撃を描いているのですが、この『時をつなぐ航跡』は、それ以降の日本航空客室乗務員組合のたたかいを描いています。この客室乗務員組合は、元々は、日本航空が日本航空労働組合に仕掛けた分裂攻撃によって生まれた組合だそうですが、会社側のあまりに理不尽な労務政策のために、組合員自身の意思によって会社とたたかう正常な組合になったものだそうです。

 『沈まぬ太陽』のモデルになった小倉寛太郎(おぐら・ひろたろう)さんと佐高信さんの対談を収めた『企業と人間-労働組合、そしてアフリカへ』(岩波ブックレットNo.521、2000年発行)によれば、日本航空の労働組合には、会社によって作られ連合(日本労働組合総連合会)に加盟している全日本航空労働組合の他に5つあって、元々の日本航空労働組合、それから日本航空客室乗務員組合、日本航空乗員組合、日本航空先任航空機関士組合、日本航空機長組合とあり、この5組合が日航5労組連絡会議を作り共にたたかっているようです。きっと会社側の執拗な分裂工作とその失敗がこのような状態を作り出しているのだろうと思います。

 本作品は、この日本航空客室乗務員組合の組合員で50歳前後の女性が主人公です。作者の井上さんも元日本航空労働者だそうですから、同じ組合員だったのでしょうか。

 物語は、この主人公の客室乗務員としての仕事を丁寧に描写していきながら進められます。そのため、この仕事と職場の様子が自然と良く理解でき、従って、そこから生じる問題もよく分かります。他方で、何も分からぬまま強制的に会社側の組合に加入させられている労働者を主人公の周りに配置し、彼女等が直面させられる問題とその心情も、主人公との交流の中で丁寧に描いているので、なおさら良く理解できます。

 小倉寛太郎さんは、上記のブックレットでも(p.p.10-11)、また『自然に生きて』という著書の中でも(2002年発行)、300人ほどの日本航空労働組合の過半数が会社側の組合(組合員は1万人ほど)からわざわざ移ってきた人達だと言っています。そして、そうなった根本は以下の点にあると言います。すなわち、徹底的な職場討議で徹底的に話し合うこと、徹底的な宣伝活動、非組合員にも管理職にも配る要求のアンケート活動(300人の組合員で配って3,500-4,000枚回収できるそうで、もちろんその結果もビラにして出します)、それに基づく会社への要求と交渉、さらに、関連事業、関連産業、下請けの人達の労働者組織を手伝うこと(『自然に生きて』p.p.73-80)。

 本作品でも、日本航空客室乗務員組合とその組合員のこのような活動が描かれています。人はいかに生きるべきか、どのような生き方が幸せなのか、本作品はこのことを具体的に、また優しく無理なく指し示してくれ、生きる展望と勇気を与えてくれました。

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2009年4月20日 (月)

蓮池透『拉致-左右の垣根を超えた闘いへ』

20090420155317c11  本の宣伝です。尊敬する松竹伸幸さんの呼びかけに応えてここにも広告を掲載しておきます。画像をクリックしてください。ゴールデンウィーク開けに書店に並ぶそうです。

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2007年8月26日 (日)

水上勉・不破哲三『同じ世代を生きて―水上勉・不破哲三往復書簡―』

 主にファックスを通してやり取りされた書簡集ですから、すぐに読んでしまいました。

 大分年を取ってから、病気という偶然を通して知り合った2人ですが、こうやってやり取りされた書簡集をまとめて読んでみると、本当に気持ちの良い信頼関係が作り上げられていったんだなあ、ということがごく自然に感じ取られました。

 この格調高い書簡集の感想に書くにはふさわしくないでしょうが、不破氏が『学資新聞』に『古典への旅』を連載していたとき(1986年5月~翌年3月)のエピソードとして次のように書いている箇所に思わず笑ってしまいました。

 曰く「これは余談ですが、そのころは、寝酒にウォッカなど結構強いアルコールを飲んでおり(ある人から、それは寝酒じゃなくて気付薬だといわれましたが、たしかに眠くなるまでには、相当飲んだようです)、朝起きてから、仕事をしようとワープロの電源を入れたら、まったく記憶のない連載一回分が打ってあった、というような“成功談”もありました。」

 僕も、このブログやメールなどを、かなり酔っぱらってから書くことがあって、似たような体験があるもので、“共感”したという訳です(^^;。こんなことにしか“共感”できないのも情けない話なんですが(^^ゞ。

 この本では、水上さんの息子さんで、「信濃デッサン館」「無言館」館主をされている窪島誠一郎氏が、締めくくりの文章を書かれているのですが、その中で「父と不破さんをむすぶ『地下茎』は、互いに自らの人生にはあたえられなかった『もう一つの人生』、『もう一人の自分』をもとめる心の茎でもあったような気がするのである」と述べられています。

 もちろん真相は分かりませんが、新鮮な見方で色々思わされ印象に残りました。

 水上勉さんの作品は、怠慢故にまだ1つも読んでないのですが、この本を読んで興味が湧いてきました。

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2007年7月10日 (火)

渡辺治『安倍政権論・新自由主義から新保守主義へ』

Abeseikenron  本屋でたまたま見つけて買ってきました。いつもながら興味深い分析で大いに引きつけられて読みました。

 本当は是非ともこの本の論旨を紹介した上で感想を述べたい所ですが、それがここでできるほどこの本を自分のものにできたわけではありません。僕がそんなことするよりもこの本の目次を見たほうがより正確に分かるでしょう。

 ただ、安倍政権が、1つには、改憲による日本の軍事大国化の完成をアメリカと日本の財界から期待されている政権だということ、2つには、新自由主義改革の継続、なかんずく、その恒常的執行体制の確立を期待され、かつこの新自由主義改革継続を支えるべく教育再生をやろうとしている政権であることがよく理解できます。

 また、この安倍政権を戦後保守政治の歴史の中に位置付け、その中で大国化志向という意味では安倍と同じ岸信介、中曽根康弘と比較しながら、小沢一郎に始まる1990年代以降のグローバル大国化の最後のバッターとして登場したとします。その上で、この安倍の担う大国化と新自由主義改革という課題自体が矛盾したものであることを指摘します。

 総じて安倍政権の意義と限界がわりとくっきり分かる本だと思います。この軍事大国化と新自由主義改革を生み出す基盤についてもさらに理解を深めたいものだと思いました。

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2007年6月 3日 (日)

城山三郎『指揮官たちの特攻』(新潮文庫)

 神風特別攻撃隊の第1号に選ばれた関行男大尉と、玉音放送後に最後の特攻隊員となった中津留達雄大尉の人生を対比させながら描いたドキュメントノベル。同時進行で著者自身の経験も書き込まれています。澤地久枝さんの解説も、この作品を正確に押さえたもので良い。

 淡々とした筆の運びで読み安く、また読み止められません。

 いろいろと印象に残る記述がありますが、特攻隊員たちの声なき声に耳を傾ける城山さんの思いには心を動かされます。中津の料理屋・筑紫亭の離れに、出撃前夜の特攻隊員が残した無数の刀疵(かたなきず)があり、それを、「泣きながら振り上げた刀。酔いのためはじかれた刀、さらに激して斬りつけた刀」と見、「なんで、なんで、おれが。なんで、えいっ!/掛け声とも、叫びとも、泣声ともつかぬ声」と聞き、「私は痛ましくて、たまらなくなり、ごめんね、ごめんね。心の中でつぶやきながら、刀疵を撫で続けた」と記します(p.p.131-132)。

 また、宇佐の練習航空隊が廃止されてその教官・教員が特攻編成され出撃の発令があったときの隊員たちの気持ちを、その当事者・岩沢辰雄の記した『海軍航空隊予科練秘話』から引用して、「皆酔いつぶれて私も夜中に目がさめた。すると寝床の中で泣いている者がいる。『お母さん』そう言って。いくら一人前の搭乗員といってもまだ二十前の少年である。昼間は一番張り切っていた彼が泣いている。私も泣き出した。それにつられていつの間にか皆泣いている」などと引用します(p.p.122-123)。

 さらに、2人の特攻隊員の父母や娘など遺族のその後の生活・気持ちも取材して記しています。これも控えめな記述であるが故に迫力のあるものです。

 しかも、これら当事者たちだけでなく、当時の軍高官の、人間を人間扱いできず、自己中心的に振る舞う、その動きや考え方も控えめながら的確に記しています。また、終戦のその日からの海軍士官・下士官の野卑・低劣な悪業も、自分の体験を述べます。

 総じて、詳細に取材・調査した上で、冷静に客観的に淡々と記述され、短く控えめながら、特攻とそれを強いた日本軍の真実を書いた作品です。

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2007年6月 2日 (土)

城山三郎『仕事と人生』

 特攻に関する本の1冊として、城山三郎さんの『指揮官たちの特攻』を読もうと思っていたところ、本屋でこの本が目についてたので買ってきて読みました。

 『本の旅人』に連載されたエッセイや『城山三郎 昭和の戦争文学(全6巻)』の月報に掲載された対談などを収録したもので、読み安いものです。

 城山さんは1927年生まれの方ですが、17歳の時に自ら徴兵猶予を取り消して海軍に志願、水中特攻「伏龍」の部隊に回されますが、紙一重のところで終戦を迎えて生き残ったという経験の持ち主です。

 その経歴からくる、戦争への怒り・悲しみと、戦争をもたらした言論統制への怒りが、淡々とした語り口の中に、しばしば迫力を持って語られています。

 たとえば、瀬口晴義『人間機雷「伏龍」特攻隊』(講談社)を読んだときのことを、「心の中に怒りと嘆きなど燃え上がるものがあって、これまでのように、海を穏やかに眺める気分は、吹き飛んでしまった」、「『ああ、本など読まなければよかった』と、まず思った。」、「彼等を『無縁の死者』として扱いたくなかった」、「彼等は、無縁の死者ではなく、私の中で往き、私を生かしてくれている」、「こうした思いを、一人にでも、二人にでも多く伝えたい」等と記しています(p.p.41-42)。

 あるいは、「戦後、茅ヶ崎に住む身となった私は泳ぎ好きで、春の彼岸から秋の彼岸まで一日も欠かさず泳いでいたのに、そこが伏龍特攻隊員の死場所であったと知ってからは、一度も泳ぎに出ていない」、「当時の指導者たちを、国民として許しておけない思いがするが、いかがなものであろうか」と述べます(p.p.61-62)。

 「本当のことを何も知らせてくれなかったから。本当のことを知っていれば、という恨みのようなものがあります。だから、やっぱり言論の自由というのは大事なんだとしみじみ感じました」と語ります(p.76)。

 城山さんの作品は、今まで読もうと思うことがありながら後回しにして読んできませんでした。やはり上記の全集を始めとして読んでみようと思いました。

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2007年5月26日 (土)

赤羽礼子・石井宏『ホタル帰る―特攻隊員と母トメと娘礼子』

 数年前の降旗康男・監督の映画「ホタル」や、石原慎太郎・脚本・総指揮の映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」に登場する鳥浜トメさんを軸に、知覧から飛び立った特攻隊員の姿を、石井宏氏が、トメさんの二女・赤羽礼子さんの口述などを基にまとめたもの。自ら苦労して育ち、献身的で世話好きなトメさんと特攻隊員の交流のエピソードを集めたものです。

 死を間際にした様々な特攻隊員たちの真剣さ・真面目さが伝わってきて涙を誘われ、また真面目な気持ちにさせられます。しかも、あくまでも暖かく・誠実なトメさんとの交流を軸に描かれているので、読みやすい。

 描かれている特攻の事実の深刻さ・重大さ故に、歴史の真実をつかむ意欲をかき立てられます。

 ただ、この本の戦後認識は、「ラジオからは『カム・カム・エヴリボディ』の歌が流れる。夜ともなれば『真相はこうだ』という番組が、旧日本軍の嘘や悪を暴き立てる。合法化された共産党の天皇制攻撃が始まり、『汝臣民飢エテ死ネ、朕ハタラフク食ッテルゾ』のプラカードがメーデーで掲げられ、ついに皇居前の“血のメーデー”に至る。教科書で不都合だと思われる叙述はスミで消され、スミだらけで読めない教科書になった。/“戦後”はこうして音を立てて“民主主義”に向かい、知識人たちがラジオや新聞で民主主義とは何か、自由とは何かをしたり顔に説く。軍国主義、帝国主義は目の仇となり、激しく非難攻撃される。天皇までが『神聖ニシテ侵スベカラズ』の旧憲法の地位から降格し、かつての現人神は“人間天皇”になった。音を立てて変わりゆく世の中にあって旧特攻兵士を語ることはタブーになった」(p.p.208-209)という風なものです。

 また、石井宏さんは、トメさんの再三再四の請願により知覧町が建てた観音像を、「特攻隊員を顕彰し、その霊を慰めることが公に認知された証」とします(p.217)。

 また、石井さんは、知覧特攻平和会館・初代館長で元特攻隊員の板津忠正さんの特攻資料収集に至る決意を、「特攻隊員として死んだ僚友たちの死をむなしいものにしてはいけない」、「世は逆風であり、軍国主義時代のすべては悪として葬り去られようとしている。しかし、高級職業軍人のやったことはともかく、特攻の死は崇高な死であり、これを風化させてはならない。これを正しく歴史の表面に出し、語り継げるようにしなければならない」と記し(p.220)、さらに、「『特攻』とは是非善悪いっさいを超越した無条件の悲しみなのである。人間のこれほどの大集団がこれほど崇高な存在と化して死んでいったことは、人類の歴史において一度たりともあったためしはないのだ」と述べます(p.10)。

 もちろん、特攻隊員の死は、断じて「犬死に」などではありません。また、石井さんが述べる通り、「自らの死をもって特攻隊員に詫びた(あるいは天皇に対して詫びた)潔い人たちが58人もいたのである。だが、たった58人かという声もある。そう、特攻作戦を立案した、実施した、あるいは現場で特攻隊員を選び、出撃の命令を与えた指揮官の多くは、おめおめと復員し、生き延びたのである」、「なんという卑屈さ。旧軍人も一皮むけばそんな卑屈な、いいかげんな手合いだったのである。そんな手合いのために、あまたの特攻隊員たちが若き命を散らせてしまったかと思うと、怒りは再び新たにな」ります(p.p.184-185)。

 しかしながら、この「卑屈」で「いいかげんな」「旧軍人」への「怒り」を「新た」にしながら、特攻隊員のかけがえのない生と死を尊び、感謝し、「霊を慰める」のは、特攻隊員の死を限りなく「崇高」なものとし、「顕彰」することによってではなく、あくまでも歴史の真実をつかむことによって成し遂げられる、と僕は思いました。板津さんの努力には遠く及ばないものの、努力せねばなりません。

 なお、冒頭に挙げた「ホタル」が、「“特攻の母”とうたわれた鳥浜トメとホタルになって帰ってきた特攻兵士の宮川軍曹や光山少尉などの話にヒントを得て、自由に書きおろした脚本によっている」のは、この本の「あとがき」に書いてあって知りましたが、「俺は、君のためにこそ死ににいく」も、この本にある話を基にしつつもやはり石原氏の創作であることも、この本を読んで知ることができました。

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