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2010年8月 5日 (木)

陸上自衛隊、訓練死、事件の真相・自衛隊の責任を求めて提訴

 自衛隊は、なぜ被害者第一の立場に立てないのでしょうか。それが、被害あった場合の鉄則のはずです。自衛隊であれ、企業であれ、何であれ、その無責任を見過ごしたくありません。

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2010年8月4日(水)「しんぶん赤旗」

“訓練死 陸自に責任”
札幌地裁 両親、究明求め提訴

 2006年に札幌市の陸上自衛隊真駒内駐屯地での訓練中に島袋英吉さん(当時20歳)が死亡した問題をめぐって3日、両親が国を相手取り真相究明と自衛隊の責任、4600万円の損害賠償を求める訴訟を札幌地裁におこしました。

 訴状によると、島袋さんは同年11月21日、同駐屯地西体育館において素手で敵を殺傷することを目的とした総合格闘技「徒手格闘」の訓練を3等陸曹の指導のもと、陸士長と行った際、島袋さんが首投げによって背中から落下し、後頭部を強打。翌日、急性硬膜下血腫で死亡しました。

 この日、投げ技から倒して胴を突く訓練を繰り返し、7回目で島袋さんは投げ返され、疲労と倒れた衝撃によって苦痛の表情を浮かべたにもかかわらず、訓練を続行、8回目で後頭部を強打しました。島袋さんの胴着は、襟元から胴のあたりまで血で染まっていたといいます。

 家族が疑念を抱いているのは死因です。あばら骨が3本折れていたほか、歯が折れ、顔が腫れ上がっていたそうです。

 提訴後の記者会見で佐藤博文弁護士は、島袋さんの損傷の状態から、「強力な外力が加えられており、いじめやしごきの可能性もある」と指摘。「訓練のあり方に根本的に問題がある。隊員の安全確保と二度と同じ問題を起こさせないことが家族の願いです」と代弁しました。

 家族は涙ながらに会見に応じ、父親の勉さん(50)は、「3年間、家族は暗い闇を歩いてきたような心境です。ただ、真実を知りたい。英吉の命の証しを残すために」と強調しました。

解説
隠蔽体質 今こそ正せ

 自衛官の死亡事件の多くは遺族が納得できないまま「事故」として処理されています。しかも外部から遮断された「実力組織」という条件を利用した事実の隠蔽(いんぺい)が常とう手段となっています。

 自衛官の命を奪った徒手格闘訓練事故は「投げ技」などで、強力な敵を素手で制圧することを目的にしたものです。被害者の隊員は、徒手格闘の基本的な訓練もうけずに、危険な技をかけられたのです。

 自衛隊は、部隊の調査報告書で指導教官の技量不十分、死亡した隊員のれん度未習熟段階での訓練の実施、疲労度など体調把握不十分なままの訓練の継続をあげています。しかし、肝心な経過と原因にはまったく口を閉ざしたままです。

 自衛隊にとって訓練の実態を隠す背景があります。陸自第11師団が作成した報告書「徒手格闘訓練に対する師団の取り組み」のなかで、こう記されています。

 「不審船事案、9・11同時多発テロ、イラクへの派遣などを契機とした近接戦闘能力向上の必要性増大を受け、部隊における格闘訓練は活発化(した)」

 真駒内の部隊は自衛隊初のイラク派兵部隊です。事件の真相解明、自衛隊の安全配慮義務違反の責任は厳しく問われなければなりません。(山本眞直)

2010年8月3日(火)「しんぶん赤旗」

「息子は自衛隊に殺された」
徒手格闘訓練 真実を知りたい
隠蔽に怒りと疑問 きょう遺族が提訴

 息子は自衛隊に殺された、いったい何があったんだ―。陸上自衛隊真駒内駐屯地(札幌市)で、徒手格闘訓練中に20歳の隊員が死亡した事件の真相と自衛隊の責任を求めて3日、隊員の父親らが国家賠償訴訟を札幌地方裁判所に起こします。1日たりとも消えない遺族の悲しみと怒りは―。(山本眞直)

陸自真駒内駐屯地

 2006年11月21日午後2時すぎ。島袋英吉さん=当時(20)=が徒手格闘訓練中にけがをした、との連絡が沖縄県の父親、島袋勉さんの携帯電話に入りました。

 勉さんは同日夜、那覇空港から千歳行きの飛行機に飛び乗りました。英吉さんと双子の弟で、千葉県の陸上自衛隊松戸駐屯地に勤務する恵祐さんも北海道に飛びました。

 英吉さんは翌22日午後2時すぎに死亡しました。徒手格闘訓練中に相手に投げられ、板張りの床に後頭部を強打したことによる急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血などによる死亡とされました。

突然の死に

 息子の突然の死に、勉さんは沸きあがる怒りと疑問を抑えることができませんでした。「英吉は小さなときから運動音痴だったので、音楽が好きだった。だから戦闘部隊ではない輸送隊を選択した。メールでいつも様子を知らせてきたが、徒手訓練のことなどは一言もなかった」と悔しさをにじませます。

 勉さんと恵祐さんは自衛隊側に「なぜ畳ではなく床でやったのか、教官は何をしていたのか、安全管理はどうしていたのか」など疑問をぶつけました。警務隊や部隊関係者は多くを語らず、口から出るのは「わかりました」の言葉だけでした。

 勉さんは、以前から息子のメールに「いじめ」を受けていることを感じさせるものがあっただけに、訓練事故死に強い不信の念を持ちました。

本当の軍隊

 勉さんは言います。

 「北海道を離れるまで、ホテルや行く先々には上官が遺族を監視するようにつききりでした。真駒内の自衛隊は全国の部隊に先駆けてイラクに海外派兵の第1陣として送り出された精鋭部隊で、その部隊内の不祥事を徹底的に隠蔽(いんぺい)しようとする対応に、ここは本当の軍隊なんだと実感しました」

 自衛隊の対応は不自然さが目立ちました。

 「事故については口をつぐみながら、遺族へのご機嫌とりと問題を大きくさせない"配慮"が見えみえだった」と勉さん。その最たるものが死亡から2年たった08年春に陸上自衛隊幕僚監部から届いた、福田康夫首相名による「桜を見る会」招待状。受付番号は「1」でした。

 弟の恵祐さんは、兄の葬儀で、自らの葬送ラッパで兄を送り、自衛隊を退職しました。

 恵祐さんは言います。

 「兄は事故死ではない、殺されたも同然です。裁判で真相を明らかにしたい」

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