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2009年6月の6件の記事

2009年6月19日 (金)

安藤たい作ニュース86号「3人に1人が認可保育園に入れない/行政が責任を持つ認可保育園を増設し、待機児を解消するのが区の役割ではないでしょうか!」

Andounews0086    「安藤たい作ニュース86号」(PDF)

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2009年6月14日 (日)

映画「アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン」

 トラン・アン・ユン監督。

 同じ監督の「青いパパイヤの香り」(2008年8月17日の記事)を気に入っていたので、期待して見に行きましたが、つまらない作品でした。

 もちろん何かを考えたり感じたりして作ったのでしょうが、それは、単に監督個人の頭の中だけに浮かんだ観念的、自己満足的なものに過ぎず、僕には何も迫ってきませんでした。

 駄作、失敗作だと思います。

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映画「ゾラの生涯」

 ウィリアム・ディターレ監督。

 ドレフュス事件とその中でのゾラの闘いを軸にして、真実と正義に生きたゾラの生き方を描いた作品。1937年のアメリカ映画ですが、テレビで見ました。分かり易く面白い作品でした。

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2009年6月 3日 (水)

核兵器廃絶の流れの中でも露わになる日本の外交戦略不在

 GAKUさんのブログ「Internet Zone--WordPressでBlog生活」記事(エントリー)で知りましたが、そこにある同じ毎日新聞の記事を引用させて貰います。

 日本に駐留するアメリカ軍には、日本を防衛する任務の部隊は1つもなく、アメリカ自身の軍事・外交戦略に則って第三国を攻撃する部隊しかいないのにも拘わらず、日本政府は、日米安保条約によって日本の安全は守られていると偽りを述べて、日本の安全保障を蔑ろにしてきました。最近の国際政治においてさらに大きく成長してきた核兵器廃絶の流れの中で(4月30日の記事参照)、その日本政府の無責任な安全保障政策と外交戦略の不在が、一層露わになってきています。

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風知草:麻生の手紙、志位の手紙=専門編集委員・山田孝男
(毎日新聞 2009年6月1日 東京朝刊)

 「すげえ話だ」

 「どの辺が?」

 「だって、核兵器を持ってる国が捨てると言ったんだからこれは、すげえ話よ」

    ×  ×  ×

 オバマ米大統領の核兵器廃絶演説をめぐる麻生太郎首相と志位和夫共産党委員長の対話(5月20日)である。15分間の党首会談。もちろん、「すげえ」を連発したのが首相だ。

 いかにも、オバマ演説(4月5日、プラハ)は歴史的だった。最大の核保有国の指導者でありながら「核兵器のない世界をめざす」と誓った。そのために行動することが、広島、長崎に原爆を落とした米国の「道義的責任」だと言った。

 志位が4月28日付でオバマに称賛の手紙を送ったところ、5月5日付で返書(デイビス国務次官補代理の代筆)が来た。大統領の謝意に続いて「日本政府との協力を望む」とあり、それを麻生に伝えた。

 実は麻生も演説を聞いてオバマに親書を送っていた。こちらは4月15日付。非公表だが、本紙報道によれば、核兵器の廃絶宣言を支持しつつ、「日米安保体制の下における核抑止力を含む拡大抑止は重要」だとクギを刺したという。

 拡大抑止とは、強国が自国だけではなく、同盟国の防衛にもにらみを利かせること。「いざとなったら『核の傘』で守ってくださいよ」と麻生は大統領に念押しした。中曽根弘文外相の軍縮演説(4月27日)にも同じ表現が出てくる。

 「それでは核抑止という考え方自体を否定したオバマ演説と相いれない」と見る志位は、米側に拡大抑止は求めず、言葉を選びながら、核拡散防止条約(NPT)体制が揺らいでいる責任は核廃絶の努力義務を負いながらサボってきた核保有国にこそある、と書いた。

 この手紙の作成に志位はエネルギーを集中した。パソコンで推敲(すいこう)を重ね、一度書き上げて破り捨て、半徹夜で400字詰め原稿用紙にして7枚の原文を仕上げた。英訳し、共産党委員長として初めて在日米大使館に乗り込み、ズムワルト臨時代理大使に手渡している。

 東京の麻生・志位会談と同じころ、オバマは、ホワイトハウスにキッシンジャー、シュルツ(ともに共和党政権の元国務長官)、ペリー(民主党政権の元国防長官)、ナン(元上院軍事委員長、民主党)の4人を招き、意見交換していた(現地時間5月19日)。

 かつて「力の均衡」に基づく核戦略の中枢にいたこの4人は、米ウォールストリート・ジャーナル紙の連名の寄稿(07年1月4日付と08年1月15日付)で「抑止力の有効性は低下する一方で、核廃絶しかない」と訴え、反響を呼んでいた。

 オバマと超党派の大物4人の連携は、外務省のある幹部に言わせれば「自民、民主の大連立並みの衝撃」。別の幹部は「核兵器に依存しない新しいパワーストラクチャー(国際間の権力構造)を生み出すチャンスだが、我々は核政策について掘り下げて考えた経験がなく、準備がない」と指摘した。

 手紙を出して記者会見、返事をもらってまた会見という張り切りようで「はしゃぎ過ぎ」とからかわれている志位だが、戦略不在の空白を突いた鋭い切り込みだったと思う。

 ワシントンと世界の新潮流が戦後の日本の常識を超え、なかなか「すげえ」ことになった。どうするのか。政治の構想力が問われている。(敬称略)(毎週月曜日掲載)

核廃絶:国会決議へ調整…抑止力めぐり難航も
(毎日新聞 2009年5月8日 21時17分(最終更新 5月9日 0時49分))

 核廃絶を目指す包括的戦略を表明したオバマ米大統領のプラハ演説を受け、核廃絶を求める国会決議の採択に向けた動きが出てきた。衆院議院運営委員会は8日の理事会で、決議の案文を調整して与野党協議に入ることで合意した。この種の国会決議は最近10年間は行われていない。だが米国の「核の抑止力維持」を求める議員と、核完全廃絶を訴える議員の隔たりは大きく、調整は難航が必至だ。

 民主党は「核廃絶・軍縮・不拡散に向けた努力を一層強化すべきだ」などとする決議案文を各党に非公式に示している。文案が抽象論にとどまるのに社民党は難色を示している。

 理事会後、社民党の福島瑞穂党首は国会内で河野洋平衆院議長と面談。河野氏は「プラハ演説直後に、日本も『その通りだ』と言うべきだった。非核保有国が機運を作らなければいけない」と語った。プラハ演説の翌日、河野氏は横路孝弘副議長らに決議の採択を検討するよう提言していた。

 麻生太郎首相は、オバマ大統領への親書で「日本にとり、日米安全保障体制下での核抑止力を含む拡大抑止は重要」とプラハ演説にクギを刺した。河野氏の発言は、こうした姿勢を暗に批判したとみられる。だが、麻生首相は8日の衆院予算委員会でも、核開発を続ける北朝鮮を念頭に「核の抑止力は日本にとって大きな要素」と答弁した。【野口武則、木下訓明】

映画「60歳のラブレター」

 深川栄洋監督。古沢良太脚本。

 年上の知り合いご夫婦が見てとても感動していたので、僕も見て来ました。確かに、2組の60歳の夫婦の揺れや結び付き、また1組の恋愛を、感動的に見せてくれました。最後がちょっとステレオタイプかなとも思ったのですが、興醒めするという訳ではありません。また、作品の中心となっている夫婦が2人とも見た目が良すぎるかなとも思えるのですが(中村雅俊と原田美枝子)、やはり娯楽作品としてはこうした方が良いかとも思えます。最近の原田美枝子さんには改めて注目させられているのですが、この作品でもとても良かったと思いました。

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映画「グラン・トリノ」

 クリント・イーストウッド監督。

 イーストウッドさんが出てる映画を見たのは、高校時代に見た「ダーティハリー」以来です。当時この映画を結構気に入って、イーストウッドの名前はしっかりと僕の頭に刻まれました。その人がまもなく監督にもなり、さらに最近は「父親たちの星条旗」、「硫黄島からの手紙」など、僕も興味を惹かれ、また高く評価されるような作品を発表しているので、そのうち見なきゃなと思っていた所に、この「グラン・トリノ」です。興味を押さえられず見て来ました。

 最近の僕の好みは、ハリウッド的なもの、アメリカ的なものには拒絶反応を示すようになっているのですが、これは気に入りました。

 元々この作品の主人公のような頑固爺が好きだという、僕の人間の好みもあるのですが、テーマも良いものでした。

 パンフレットにあるインタビューで、イーストウッドさんは、「人がそれまで目を向けてこなかったことについて考えさせられ、精神面で変化して行くというストーリーが好きなんだ」、「人生において何かに気がつき、さらに社会に貢献していくというのは素晴らしいドラマだと思う」と語りながら、一方で、「なぜそのストーリーが気に入ったのかという理由については、あえてあまり深く考えないようにしている。頭で考えることではなく、心で感じとることを優先しようと思うからね」とも語っています。

 主人公は、朝鮮戦争の戦場で少年を殺害してしまったことから、逆に心に一生消えない重い傷を負う羽目になりながら、誰ともその苦しみを分かち合えず、また、恐らくその生来の頑固さもあって、孤独な生涯を送って来ました。それが、たまたま隣に住むようになったアジア人家族との交流の中で、その孤独感が溶かされて行きます。この変化が気持ち良く描かれています。

 ところが、この家族は、町のチンピラから酷い目に遭わされるようになり、主人公は、これに対して暴力ないし暴力的な威嚇によって対抗して、この家族を助けます。しかし、これによっては結局問題は解決せず、悪化しさえします。そこで、主人公はさらに別の手段でこれに立ち向かって行きます。

 イーストウッドさんは、上記のように、何故気に入ったかは深く考えないようにしていると述べていますが、見る側はそれを深く考えることが出来ます。とても良い作品でした。

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