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2009年2月16日 (月)

中東問題の基礎知識 1

 しんぶん赤旗国際欄に「中東問題 基礎知識」と題して不定期の連載がありました。便利だと思うので引用させて貰います(全部で7回、日付の古い順です)。併せて「日本共産党 知りたい聞きたい」の欄にも基礎知識に関わる記事が掲載されたので引用させて貰います。

目次

中東問題の基礎知識 1(この記事)

イスラエルの領土拡張
国家樹立めざすパレスチナ
オスロ合意とロードマップ
アラブ和平案
侵食されるヨルダン川西岸
パレスチナの内部対立
エルサレム

中東問題の基礎知識 22月25日の記事

パレスチナ紛争の発端

日本共産党 知りたい聞きたい(この記事)

イスラエルと米国 どういう関係?

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2009年1月29日(木)「しんぶん赤旗」

中東問題 基礎知識
イスラエルの領土拡張

 イスラエルは一九四八年五月十四日に建国を宣言しました。その前年の十一月、国連総会は当時英領だったパレスチナをユダヤ人の国家と、パレスチナに住んでいたアラブ人(パレスチナ人)の国家に分割する決議一八一を採択していました。ユダヤ人はこの決議に沿ってイスラエルを建国しました。

 当時パレスチナに住んでいたユダヤ人は人口の三分の一、土地所有面積は6%弱にすぎませんでしたが、国連決議でユダヤ人国家に割り与えられた領土は57%でした。

 決議採択と同時に、アラブ人とユダヤ人の衝突が各地で発生し、英国が予定より早く撤退を完了。その翌日にイスラエルが一方的に建国を宣言すると、それを認めないとする立場から周辺のアラブ諸国軍が総攻撃を加えました。これが第一次中東戦争です。

 この戦争の結果、イスラエルは分割決議でアラブ人国家領とされた土地(パレスチナ全土の約43%)の半分と、決議で国際管理都市に指定されたエルサレムの西部を占領しました。これで、イスラエル領はパレスチナ全土の77%となりました。

 イスラエルはさらに六七年の第三次中東戦争でヨルダン川西岸とガザ地区、東エルサレムを占領。パレスチナ全土を支配下に置きました。

 六七年の戦争直後に採択された国連安全保障理事会決議二四二はイスラエルに、東エルサレムを含むヨルダン川西岸とガザ地区からの撤退を求めました。

 イスラエルは二〇〇五年にガザ地区から「一方的撤退」をしましたが、同地区を陸海空から包囲しています。国際法の専門家の多くは同地が占領下にあると認定しています。

2009年1月31日(土)「しんぶん赤旗」

中東問題 基礎知識
国家樹立めざすパレスチナ

 一九四七年の国連のパレスチナ分割決議によってイスラエルは建国されましたが、パレスチナ国家はまだ樹立されていません。

 六〇年代半ばに結成されたパレスチナの解放運動の統合組織であるパレスチナ解放機構(PLO)は当初、イスラエルを認めず、パレスチナ全土に国家を樹立することを目指していました。しかし六七年の第三次中東戦争の結果、西岸とガザ地区がイスラエルに占領され、分割決議でアラブ領土とされた全地域の占領が続く中、この立場を変更することになります。

 八七年末から広がった民衆蜂起(第一次インティファーダ)が続く中の八八年+一月、パレスチナ民族評議会(PLOの議会に相当)は国連分割決議を受け入れた上での独立を宣言しました。アラファトPLO議長(当時)はその直後、第三次中東戦争による占領地からのイスラエルの撤退を求めた国連安保理決議二四二、三三八の受け入れを表明。第一次中東戦争後の停戦ラインをイスラエルとパレスチナの将来の国境とすることを受け入れました。

 これによってPLOは東エルサレムを首都とし、西岸とガザ地区を領土とするパレスチナ国家の樹立を掲げることになりました。

 一方、PLOに加わらず、第一次インティファーダの中で結成されたイスラム武装抵抗組織ハマスは、「ハマス憲章」でパレスチナ全土での国家樹立を主張。ただハマスの幹部はPLOが掲げるパレスチナ国家を事実上受け入れる姿勢も見せています。

 現在、国際的にもパレスチナ人の間でも、イスラエルとパレスチナの「二国家共存」は圧倒的な声になっています。

2009年2月3日(火)「しんぶん赤旗」

中東問題 基礎知識
オスロ合意とロードマップ

 一九九三年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で結ばれたオスロ合意は段階的和平をすすめるとして、パレスチナの暫定自治(五年間)を取り決めました。

 合意に基づき、九四年七月に暫定自治政府が発足。九六年に第一回のパレスチナ評議会(占領下の議会)選挙を実施。九九年までにガザ地区のほか、ヨルダン川西岸のラマラやナブルスなど六大都市などが自治区になりました。

 しかし、自治政府の完全な統治下に入った自治区は全体の17・2%、23・8%が「共同支配」で、残りの58%はイスラエルの支配下に置かれました。イスラエル軍は現在もなお、西岸の大部分に居座っています。

 オスロ合意で決められていたパレスチナの最終的地位に関する交渉が二〇〇〇年夏に決裂、同年九月に軍事衝突が発生し、同合意は破たんしました。

 その後、米国主導で提唱された和平案がロードマップ(行程表)です。米国と国連、欧州連合(EU)、ロシアの「カルテット(四者)」が〇三年四月に発表。三段階を経て〇五年末までにパレスチナ国家を樹立し、イスラエルとの二国家共存をはかるとしていました。

 パレスチナ側はこれを受け入れました。イスラエルは承認に当たり、パレスチナ難民の帰還権の否認やユダヤ人入植地を「論議しない」など十四項目の条件を付け、パレスチナ国家の中身を骨抜きにしました。

 ブッシュ米大統領(当時)はこの条件を受け入れ、〇四年四月のシャロン首相との会談で「六七年戦争前の境界に復帰することは非現実的」として占領地からの撤退を拒むイスラエルの立場を容認しました。

2009年2月4日(水)「しんぶん赤旗」

中東問題 基礎知識
アラブ和平案

 二十一のアラブ諸国とパレスチナ解放機構(PLO)が加盟するアラブ連盟は二〇〇二年三月の首脳会議で、中東紛争を解決する統一和平案を採択。〇七年三月の首脳会議で、これを確認しました。

 この和平案はパレスチナ国家樹立によるイスラエルとの「二国家共存」によって平和をもたらし、アラブ諸国としてもイスラエルとの敵対関係の歴史に終止符を打つことをめざしたものです。

 具体的には、①イスラエルが占領しているアラブ領土から全面撤退する②PLOが主張するパレスチナ国家の樹立を認める③国連総会決議一九四に基づきパレスチナ難民の問題を公正に解決するーことをイスラエルに求め、この三点が達成されれば、イスラエルと平和条約を結ぶというものです。

 国連決議一九四は、現在のイスラエルに住んでいた人を含め、一九四八年の第一次中東戦争で難民になったパレスチナ人の早期帰還の権利をうたい、帰還を希望しない人には財産を補償することを求めています。

 この戦争での難民は、当時のアラブ人の約75%、七十二万人(国連推計)。第三次中東戦争でも三十万人が難民化。子孫を含め、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に登録された難民は〇六年末時点で、約四百四十五万人に達しています。

 イスラム武装抵抗組織ハマスが参加したパレスチナ国民統一政府(〇七年三月から六月)はこの和平案を掲げました。

 一方、イスラエルは和平案を「評価する」(リブニ外相)としながらも、難民と領土、エルサレムの帰属など中心的な問題で修正の必要があるとしています。

2009年2月5日(木)「しんぶん赤旗」

中東問題 基礎知識
侵食されるヨルダン川西岸

 ヨルダン川西岸は将来のパレスチナ国家の領土の主要な部分とされます。ところが、イスラエルはここに多数の入植地を建設し、分離壁を築いて、事実上、その大きな部分を併合する構えをとっています。

 ユダヤ人入植地は東エルサレムを含む西岸に約百五十カ所存在し、約四十八万五千人が居住し、イスラエル軍に守られています。入植地には数万人が住む都市もあり、エルサレムと高速道路で結ばれています。

 テロリストの侵入を防ぐとして建設中の分離壁は高さ八メートルのコンクリートの壁や有刺鉄線のフェンスなどで、総延長七百二十三キロ。すでにその約57%が完成しています。

 すべてが完成すると、パレスチナ住民の約三万五千人が分離壁とグリーンライン(一九六七年の第三次中東戦争前の境界線)に挟まれた地域に居住することを余儀なくされ、検問のある壁の門を通じてしか移動できなくなります。

 国際司法裁判所は分離壁の建設を国際法に違反するとの勧告を出しています。

 西岸にはさらに、検問所や土手、壕(ごう)など移動を制限する障害物が六百九十九カ所(パレスチナの非政府組織パレスチナ・モニター調べ)あります。

 入植地を結ぶ道路や分離壁、検問所などの障壁は住民の移動と経済活動を著しく制限しています。英紙フィナンシャル・タイムズ(〇七年六月四日付)は「西岸の40%がパレスチナ人の立ち入り禁止・制限区域になっている」と指摘し、「西岸分割が既成事実化されてしまう」と警告しています。

2009年2月10日(火)「しんぶん赤旗」

中東問題 基礎知識
パレスチナの内部対立

 パレスチナ自治政府はオスロ合意に基づいて一九九四年に発足しました。大統領に相当する自治政府議長には、九六年の初選挙でパレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長が選出されました。二〇〇四年の同議長死去後、〇五年の選挙でアッバスPLO議長が選出されました。

 議会に相当するパレスチナ評議会の選出も九六年が最初。このときイスラム武装抵抗組織ハマスなどがボイコットしたため、PLO主流派ファタハが多数派となり、内閣の主要ポストを占めました。

 ハマスは〇四年十二月の地方選に参加し、過半数の自治体で勝利。〇六年一月の評議会選挙で百三十二議席中七十四議席を得ました。三月にハマス単独の内閣が発足しました。

 当時イスラエル承認を拒んでいたハマスに対し、イスラエルがパレスチナへの圧力を強化。米欧も援助を停止。その対応をめぐってファタハとハマスの対立が強まりました。これは治安権限をめぐる対立に発展、ガザ地区で銃撃戦も起きました。

 サウジアラビアの仲介で〇七年三月に統一政府が樹立され、対立は一時回避されました。統一政府はハマスのハニヤ氏が首相となり、ファタハと双方に属さない勢力も参加しました。

 しかし、〇七年六月にガザ地区でハマスとファタハの武力対立が再燃。ハマスの軍事部門が同地区を制圧しました。アッバス議長はこれを「クーデター」だと非難し、非常事態を宣言して統一政府を解散。ファイヤド統一政府財務相(ハナン・アシュラウィ氏の「第三の道」出身)を新首相に任命しました。

 一方、ハマスはハニヤ首相の内閣の正当性を主張。ガザ地区の「ハマス政権」とヨルダン川西岸の「アッバス政権」の二重権力状態が生まれました。

2009年2月11日(水)「しんぶん赤旗」

中東問題 基礎知識
エルサレム

 エルサレムはユダヤ教、イスラム教、キリスト教の三大宗教の聖地です。

 ユダヤ人にとっては、約三千年前ダビデ王が征服し、その子ソロモンが神殿を建てた地です。神殿はバビロニアによって破壊され、再建された第二神殿も紀元七〇年にローマ軍に破壊されました。東エルサレム(旧市街)にある「神殿の丘」の西側の壁は「嘆きの壁」として有名です。

 イスラム教徒にとっては、サウジアラビアのメッカ、メディナに次ぐ聖地。ユダヤ王国の神殿があったとされる広場には現在、岩のドーム、アルアクサ・モスクが建っています。イスラム教の預言者ムハンマド(マホメット)は岩のドームから天馬に乗って昇天したといわれます。

 キリスト教徒にとっても聖地です。イエスが処刑され復活したといわれるゴルゴタの丘の跡には聖墳墓教会が建っています。

 一九四七年の国連パレスチナ分割決議はエルサレムを国際管理都市としました。しかし、イスラエルは四八年の第一次中東戦争でその西半分を占領。六七年の第三次中東戦争でさらに東半分(旧市街)を占領し、その併合を宣言。八〇年には東西を統一した「統一エルサレム」を恒久的な首都とする基本法を採択しました。

 国連安保理は六七年に東エルサレムの占領を非難し、同地からの撤退を要求する決議を採択。八〇年の「恒久首都」化法に対しても国連総会はこれを非難する決議を圧倒的多数で採択しました。

 国連はまた二〇〇七年にパレスチナ分割決議を確認する総会決議を採択しています。

 パレスチナ解放機構(PLO)をはじめパレスチナ人は東エルサレムを将来のパレスチナ国家の首都とすることを主張しています。

2009年1月31日(土)「しんぶん赤旗」

日本共産党 知りたい聞きたい
イスラエルと米国 どういう関係?

 〈問い〉イスラエルと米国との関係はどういう関係ですか?軍事同盟条約や米軍基地はあるのですか?武器援助はうけていると思うのですが、どういう関係になっているのですか?(福島・一読者)

 〈答え〉米国の対外政策のなかでイスラエルは特殊な地位を占めています。人口700万(うちアラブ系170万)の同国に、米国は対外的な経済・軍事援助の約5分の1以上、年間約30億ドルを与えています。1976年以来、イスラエルは常に最大の受給国であり、81年以降は全額無償援助となっています。援助金の使途を説明する必要のない唯一の国でもあり、入植地建設に使ってもおとがめなしです。

 米国とイスラエルとの間には、アラブ諸国にたいする思惑から条約にもとづく法的な同盟関係はありません。しかし、公式の同盟関係にあるどの国よりも緊密な関係にあります。米国はイスラエルの建国(48年)を真っ先に承認しましたが、今のような関係は、もっと後になってからできたものです。とくに、イスラエルがアラブ諸国に大勝した第3次中東戦争(67年)を契機に援助が急増、80年代以降、強固な軍事関係が築かれてきました。81年には「戦略協力合意」が結ばれ、88年には日本などとともに米国の「NATO以外の主要同盟国」となり、最新兵器を低価格で購入できるようになりました。イスラエルの基地への米軍常駐も、イランを口実に昨年9月からおこなわれています。

 国連でのイスラエル擁護も際立っています。たとえば2001年から昨年までに、米国が安保理で行使した拒否権10回のうち9回までがイスラエルを擁護するためのものです。

 米国がここまでイスラエルを擁護するのは、中東での米国の政治的、戦略的利益にとってイスラエルが重要だからということ、さらにイスラエルを無条件で支持する米国内のいわゆるイスラエル・ロビーの圧力も大きな要因となっています。

 米国の全政治資金の3分の1から4分の1、民主党にいたってはその政治資金の半分がこうした組織からのものだと言われています。共和党の支持基盤であるキリスト教右翼勢力が宗教的理由でイスラエルを支持するようになったことも、この傾向に拍車をかけています。イスラエル支持が米国の対外政策というだけでなく国内問題としての性格をもつようになっているのです。このロビーは単一のまとまった運動体ではありませんが、米国の外交政策をイスラエルに都合のいいものにしようとする、ユダヤ人と非ユダヤ入から成る緩やかな連合体です。一方で、こうしたやり方が米国の孤立を深め、同時にイスラエルの地位も危うくしていると厳しく批判するユダヤ人たちも増えています。(尾)

〔2009・1・31(土)〕

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