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2008年9月19日 (金)

黄昏時の「新自由主義」に終焉を―友寄英隆「『新自由主義』の黄昏」、「グリーンスパン回顧録とドル離れ」

 久方振りの友寄英隆さんの「経済時評」の引用です。今の僕の認識・気持ちにピッタリ来るものがあったので。

 1つは、ヘッジファンド(プラチナムグローブアセットマネージメント)のマイロン・ショールズ会長の講演を引きながら、「新自由主義」派の経済学には、現実に起こっている矛盾や危機の原因を探求する思考のチャンネルがない、社会科学としての方法が欠如していると述べている点です。

 僕は経済学をきちんと勉強している訳ではないので、あまり偉そうなことは言えないのですが、1979年にサッチャー首相が登場し、1981年にレーガン大統領が登場したときには、何て馬鹿馬鹿しい経済政策を、どうしてこうも自信ありげに言えるのかと素朴に思ったものです。そこには知性・理性の欠落しか感じ取れなかったのです。そのような政策を世界に冠たるイギリス・アメリカの政治家のトップが堂々と口にするのは、途方もない腐敗・堕落としか思えませんでした。このような経済と政治は長続きしないだろうとも思いました。

 しかし現実には、この政治と経済は世界を支配し、今も続いています。意外でした。しかし、ここに来てやっと、世界中で大きな抵抗を様々な形で受け始めました。

 一体なぜこんなにも長続きしているのか?僕には分かりません。

 しかし、ともかく、「新自由主義」がこんなにも世界を席巻しても、やはり僕は、この「新自由主義」には知性・理性の欠落と腐敗・堕落しか感じられないのです。今年の1月にはアラン・グリーンスパン氏(1987年~2006年のFRB議長)が日経に「私の履歴書」を書いていましたが、そこには観念的な意味での自由をキーワードとするイデオロギーしか感じられませんでした。コロンビア大学教授のジョセフ・E・スティグリッツ氏は「新自由主義的市場原理主義は、常にある特定の利益に奉仕する政治的学説である。それは、決して経済理論によって裏付けられたものではない」と述べているそうですが、まさにその通りだとしか思えません。

 2つ目は、それにも拘わらず、そう簡単にこの「新自由主義」が終焉を迎える訳ではないと述べている点です。「新自由主義」が主要な資本主義国の経済を支配し、その政治的支配層と深く結びついているからです。政治の中身を根本的に変革する活動の発展と結びついてのみ、この愚かなイデオロギーたる「新自由主義」に終焉を迎えさせることができるのではないでしょうか。同じく愚かなイデオロギーを体現してきたソ連を崩壊させたような、大きな政治変革活動が求められていると思います。

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 友寄さんの「経済時評」の中から、2008年9月17日付けの「『新自由主義』の黄昏」と、2007年11月30日付けの「グリーンスパン回顧録とドル離れ」を引用させてもらいます。

2008年9月17日(水)「しんぶん赤旗」

経済時評
「新自由主義」の黄昏

 先日、ノーベル経済学賞の受賞者を囲むフォーラム「グローバリゼーションと人類の福祉」(注1)を聴講しました。

 NHKと読売新聞社の共催、外務省と文部科学省の後援、トヨタ、日本航空、清水建設の協賛、という仰々しい経済フォーラムでした。ノーベル賞受賞者として、シカゴ大学のゲーリー・ベッカー教授とヘッジファンド(プラチナムグローブアセットマネージメント)のマイロン・ショールズ会長が出席しました。

 この二人とも、筋金入りの「新自由主義」派(シカゴ学派)の経済学者です。

社会科学的思考のチャンネルが欠けている

 今回のフォーラムの出席者で、私が注目したのはマイロン・ショールズ会長です。

 ショールズ会長は、「デリバティブ(金融派生商品)取引の基礎理論構築に貢献」という理由で、一九九七年にノーベル経済学賞を受賞しました。しかし、その翌年、彼が重役をしていたヘッジファンドのLTCM(ロングタームキャピタルマネージメント)がデリバティブ取引で大失敗して破産し、ノーベル経済学賞の権威失墜に貢献したことで有名です。

 ショールズ会長の基調講演の演題は、「不確実性のもとでのグローバリゼーションについての金融経済学者の見解」(注2)でした。この講演で同会長が強調したことは、グローバリゼーションのもとでは不確実性がつきものだ、たえず起こる“不確実なショック”にどう対応するかが大事だという自説だけでした。

 同会長は、最近のサブプライムローン(低信用者向け住宅ローン)破たんも、グローバリゼーションのもとで起こった“不確実なショック”の一つだ、と主張しました。

 フォーラムの後半、フロアの参加者との質疑応答の機会があったので、「デリバティブ取引や金融証券化などの金融理論、金融政策と現在の金融危機との因果関係をどう考えるか」と文書で質問してみました。

 ショールズ会長は、この質問にはまともに答えませんでした。そのかわり、驚いたことに、今回の金融危機を山火事にたとえて、「グローバリゼーションのもとで起こる山火事のようなショックには、柔軟に対応して学習し、新たなモデルを作ることが必要だ」と力説しました。

 今回のフォーラムをつうじて“学習”できたことは、「新自由主義」派の経済学には、現実に起こっている矛盾や危機の原因を探求する思考のチャンネルがない、社会科学としての方法が欠如しているということです。

 「新自由主義」派を批判する論客として知られるJ・E・スティグリッツ・コロンビア大教授は、最近、「新自由主義の終焉(しゅうえん)か?」という興味深い論評を発表しました(注3)。

スティグリッツの「新自由主義の終焉」論

 同教授は、「市場は自己修正をして、富を効率よく分配し、公共の利益に役立つという、市場原理主義者の見解」は、世界的な富と貧困の格差の拡大、世界的な金融危機によって間違いであることが証明されたと述べています。そして、「新自由主義的市場原理主義は、常にある特定の利益に奉仕する政治的学説である。それは、決して経済理論によって裏付けられたものではない」と結論づけています。

 この結論には、基本的に賛成です。ただし、「新自由主義の終焉か?」というスティグリッツ教授の見方には、やや異論があります。たしかに「新自由主義」派は、世界中で矛盾を拡大し、世界中で「新自由主義」批判のたたかいが起こっています。「新自由主義」派は、かつてのような日の出の勢いを失い、いわば黄昏(たそがれ)時を迎えています。

 しかし、「新自由主義」派は、現代の主要な資本主義国の経済を支配し、その思想的な影響力は、けっして簡単に消滅するようなものではありません。

 さらに「新自由主義」派は、主要国の政治的支配層と深く結びついています。「新自由主義の終焉」といえるようになるためには、政治を変えるたたかいを発展させて、政治の中身を根本的に変えていくことが不可欠です。

※     ※

 日本では、福田首相の突然の辞任によって自民党の総裁選挙がはじまり、五人の候補者が“経済政策”をにぎにぎしく競っています。

 しかし、どの候補者をみても、現在の日本経済の苦境や財政破綻(はたん)をもたらした原因が何なのか、いま国民生活を脅かしている原因が何なのか、その認識が欠けています。原因がはっきりしなければ、現状をもたらした政治の責任も明確にならず、ましてや現状を変える政策を提起できるはずもありません。

 こうした非科学的な“政策論”が横行しているのは、日本の政権党がこのところ「新自由主義」的思考に支配され続けてきたことの現れかもしれません。(友寄英隆)

(注1)九月十日、東京国際大学(埼玉県川越市)で開催

(注2)A Financial Economist’s View of Globalization under Uncertainty

(注3)The End of Neo-liberalism?
http://www.project-syndicate.org/commentary/stiglitz101

2007年11月30日(金)「しんぶん赤旗」

経済時評
グリーンスパン回顧録とドル離れ

 FRB(米連邦準備制度理事会)の前議長アラン・グリーンスパン氏の回顧録のアジア版(『波乱の時代』上下、日本経済新聞社)が発売されました。出版契約金だけでも推定八百万ドル(約九億円)と言われています。

 グリーンスパン回顧録が世界的なベストセラーになっている、ちょうどそのとき、ニューヨーク株式市場は大幅に下落し、ドル離れによるドル暴落の不安が世界を覆い始めています。米国から流出した巨額な余剰マネーの投機で原油価格は一バレル=一〇〇ドルに迫り、金の価格も史上最高値に高騰しています。

 アメリカの“繁栄の時代”を証言するグリーンスパン回顧録は、皮肉にも、これから予想されるアメリカの“凋落(ちょうらく)の時代”を見通すうえで、たいへん参考になります。

「自由市場資本主義」は、市場万能の新自由主義

 グリーンスパン氏は、一九八七年から〇六年までの十八年間、FRB議長として君臨し、就任直後のブラックマンデー(八七年の株価暴落)やアジア、ロシアの通貨危機などを見事に収拾したことで、「金融政策のマエストロ(巨匠)」、「アメリカの繁栄を演出してきた司令塔」などとたたえられてきました。

 そのグリーンスパン氏は、九〇年代の“アメリカの繁栄”の要因をどう解明しているか。

 回顧録では、第一に、IT(情報技術)革命による生産性向上とインターネットのブーム、第二に、ソ連・東欧、中国の市場経済への移行によって「十億人以上の低賃金労働者」がグローバル経済に参入し、インフレなき繁栄局面が続いたのだと指摘します。

 しかし、これら二つの要因は、アメリカだけでなく、世界各国で共通の歴史的条件です。

 ではなぜ「(九〇年代に)ヨーロッパと日本で経済が沈滞する一方、アメリカでは経済が勢いよく成長するようになった」のか?

 この疑問には、こう自問自答しています。

 「アメリカがそれまで二十年、規制緩和やダウンサイジング、貿易障壁の削減など、ときには苦痛に満ちた手段をとって経済改革に取り組んできた努力が、ようやく実を結ぶようになったのだ」(上巻、267ページ)。

 グリーンスパン回顧録を読んで、はっきりわかることは、同氏が主張する「自由市場資本主義」とは、市場万能の新自由主義にほかならないということです。

 それは、「初対面でサッチャーに対して抱いた好印象は、首相になってますます強まった」とか、新自由主義派経済学の大御所、ミルトン・フリードマン教授の「路線は正しい」などと強調していることからもわかります。

投機による原油高騰も「市場の効率的な働き」

 回顧録では、アダム・スミスやカール・マルクスまで引きながら、「自由市場資本主義」の優位性を論証しようとしています。しかし、結局いわんとすることは、「市場のことは市場にまかせよ」という単純な命題です。

 たとえば、第24章「長期的なエネルギーの逼迫」では、投機資金が原油価格を押し上げていることは、一方では生産増強、他方では消費減少をもたらすので市場の需給調整を促進し、望ましいことだと強調します。投機活動がなければ、「世界は、過去よりもっとはるかに深刻な石油ショックを経験することになった」、「ここでも市場の力が効率的にはたらいているだけなのだ」というわけです。

 回顧録では、「教育と所得格差」(第21章)や「高齢化する世界―だが、だれが支えるのか」(第22章)など、市場万能主義がもたらす内政的困難もとりあげています。

 しかし、格差拡大の「解決策」としては、フリードマン教授が提案した「公立校に競争の要素を導入するバウチャー制度」や「高いスキルをもつ移民を大量に受け入れる」こと、高齢化社会の年金・医療制度では「唯一の実現可能な選択肢が、私的保険の形態であること…は、ほぼ確実である」というだけです。

戦後第II期の“繁栄の時代”は終わり、ドル離れの時代へ

 一九四〇年代後半から六〇年代までをアメリカの戦後第I期の“繁栄の時代”とみるなら、グリーンスパン氏の活躍した八〇年代末から二〇〇〇年代前半までは、戦後第II期の“繁栄の時代”といえるでしょう。

 戦後第II期の“米国経済の繁栄”は、新自由主義的な経済理論、市場開放、市場万能の経済政策を世界に広げて、基軸通貨ドルの特権によってアメリカに資金を集中し、ドル高、株高を続けることで成り立っていました。

 グリーンスパン氏は、グローバル化した現代経済では、膨れ上がる米経常収支の赤字も、かつてのように「懸念する必要はない」、経常収支の不均衡を問題視するのは「十八世紀初めの重商主義の強迫観念」と強弁しています。

 しかし、こうした主張は、新自由主義者のおごりであり、“アメリカ一国繁栄の構図”は、しだいに崩れはじめています。ドル離れは、短期的な投機的資本の流出だけでなく、原油などの国際商品の決済がドル建てからユーロ建てに転換するきざしをみせるなど、国際金融の深部でも進みはじめています。

 グリーンスパン氏は、中南米で嵐のように起こっている政治革新の動向をポピュリズム(注)と決め付け、「知的なものとは程遠く」「処方箋(せん)は曖昧(あいまい)」「根本的に間違い」と特徴づけています(第17章「中南米とポピュリズム」)。米国の新自由主義路線押し付けに抗する中南米諸国の変革の世界史的意味を、完全に見誤っているといわざるをえません。

 二〇〇八年は米大統領選挙の年。米国の内外で高まる一国覇権主義反対、新自由主義路線押し付け反対の声に、米国民はどう向き合うか。それが問われています。(友寄英隆)

(注)グリーンスパン氏は、ポピュリズムを、「特権的なエリート層に対して、一般国民の権利や力を擁護する政治哲学」と定義している。

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