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2008年6月の20件の記事

2008年6月26日 (木)

安藤たい作ニュース67号「え!『統合も視野に入れる必要あり』?/小中学校の統廃合を検討する学事制度審議会の『中間まとめ』が発表」

Andounews0067    「安藤たい作ニュース67号」(PDF)

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2008年6月25日 (水)

映画「ぼくの大切なともだち」

 パトリス・ルコント監督。

 誰にでも安心してお勧めできます。「髪結いの亭主」などとは異なり、誰にでもよく分かる映画でした。「親密すぎるうちあけ話」(5月16日の記事)にしろ、ルコント監督の最近の作品はそうなのでしょうか。

 「髪結いの亭主」のような衝撃的な作品ではありません。極端に言えば、山田洋次の寅さんが好きな人は、さらに、ともかくちょっと泣けるような感動できる映画が好きな人は、誰でも感動できる作品だと思います。

 ルコント監督自身、インタビューに答えて、「心地良かったですよ。深刻すぎる作品はもう作りたくなかったので、そんなのは人生だけでたくさん・・・。パリが舞台とはいえ素朴な人たちが登場し、地方的な響きを奏でる親密な友情の物語に浸れることは喜びでした。集大成ではありませんが、私のインスピレーションの多くをこの作品の中に見出すことができます」と語ります。

 泣かせるために作っていることがあからさまに分かる三流映画でも泣いてしまう僕は、当然後半部分では涙が自然と流れてきました。

 「あなたには親友がいますか」、「あなたには友達がいますか」、「あなたの親友(あるいは友達)は誰ですか」なんて問いを、物心付いた頃から自分で自分に突きつけて1人で勝手に困っていた僕は、それなりに興味深く、今更ながら身につまされた映画でした。

 ルコントですから、当然登場人物の服装や室内、レストランの室内などのセンスがいいです。最後の雲がいっぱいあるけど晴れてるといったパリの空の風景もいいです。映画を見てるとどんないい映画でもエンドロールではさっさと立ち上がって出て行く無粋者がいるのですが、この映画では1人もいなかったのが印象的でした。

 ついでながら、パンフレット中にあるインタビュアーの「もうすぐ映画界から引退するそうですね。この映画によって気が変わることは?」という問いに、「私は今でも映画作りが大好きですが、新鮮さを失う前に引退したいのです。『髪結いの亭主』のアンナ・ガリエナが愛は永遠ではないと気づいて身投げしたように・・・。今後3本より多くの長編は撮らず、何を撮るかわかってます。決意を公表したのは自分自身に誓いを守らせるためです」と答えています。

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2008年6月24日 (火)

映画「シークレット・サンシャイン」

 イ・チャンドン監督。

 この人は最も好きな監督の1人です。「グリーン・フィッシュ」、「ペパーミント・キャンディー」、「オアシス」と見てきて驚嘆し、この人が元小説家であることを知って、その作品を読むために韓国語を覚えたいと思ったくらい好きな監督です(韓国語の方は挫折したままですが(^^;)。

 当然期待して見に行きましたが、予想を上回る素晴らしい作品でした。

 たぶんこの作品でもと言っていいと思いますが、監督は人間をとことん追求してひん剥いていきます。ひん剥くというと言い過ぎかもしれませんが、乱暴にではなく容赦なく人を覆い隠しているものを剥がしていくのです。登場人物に楽をさせません。安易に幸せや希望、救済を与えません。だって、それが現実の人生なんですから当然です。

 この作品では、主人公の女性シネがひん剥かれます。でも、全てがひん剥かれる訳でもありません。この作品で描かれているのはシネの人生の一局面でしかないのですからこれも当然です。でも、一局面とは言っても、とても重大な局面ですから、恐ろしくひん剥かれます。

 では、ひん剥かれたままで、何も救いや希望、あるいは再生はないのかというと、本人が気付こうが気付くまいが、人には、あるいは人生には陽射しがあるのです。秘密の陽射し=ミリャン(密陽)=シークレット・サンシャインという訳です。もちろんそれは示唆されるだけです。

 この作品は、ラブ・ストーリーだと宣伝されていますし、監督も「ひょっとすると愛の本質に極めて近いことを語った作品かもしれません」と言っていますが、ラブ・ストーリーとあまり思わない方がいいと思います。これまた監督自身が「この映画をラヴ・ストーリーだと強調するつもりはありません。ラヴ・ストーリーを慣習的に捉えているお客さんがそれを期待してこれを見たら、騙されたと失望するかもしれませんから」と述べている通りです。

 シネの相手役として、ソン・ガンホ演ずるジョンチャンが登場するのですが、飽くまでもシネの人生の背景として描かれるだけです。ソン・ガンホさんが背景に徹し切った演技を見せてくれます。ジョンチャンは確かにシネを愛しているのですが、その愛はこの作品においては背景に過ぎません。ただし、重要な背景ではあります。

 シネを演じるチョン・ドヨンさんは初めて見たのですが、熱演です。確かに素晴らしい俳優さんです。

 パンフレットにある西川美和さんの解説が秀逸で、この映画への理解を共有でき、また深められた気がしました。

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2008年6月23日 (月)

狛江市長選、矢野裕氏が4選

 嬉しい結果です。過去4回の結果を並べておきます。また志位和夫委員長の6月12日の演説を引用しておきます。

党派 得票数 得票率
2008年
矢野裕 共産 13,396 44.2
高橋清治 自民、公明 9,727 32.1
伊藤正昭 民主、国民新党、
新党日本、生活者ネット
7,173 23.7
30,296 100.0
2004年
矢野裕 共産 15,940 50.2
河西信美 自民、公明、民主、
生活者ネット
15,804 49.8
31,744 100.0
2000年
矢野裕 共産 19,940 52.6
飯田伸太 自民、公明、民主 15,175 40.0
浅野和男 2,067 5.5
菊地二郎 733 1.9
37,915 100.0
1996年
矢野裕 共産、新社会 10,238 36.0
白井明 自民、公明 8,881 31.2
飯田伸太 民主 7,244 25.5
小林幸子 2,066 7.3
28,429 100.0

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2008年6月19日 (木)

安藤たい作ニュース66号「共産党が入院費助成の条例提案!政治の最大の使命は『福祉の推進』。無駄遣いやめて、今こそ役割果たすべき時です」

Andounews0066    「安藤たい作ニュース66号」(PDF)

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2008年6月17日 (火)

アメリカ議会で、大企業の経営のあり方に批判相次ぐ

 聞いただけではアメリカ議会での発言とは思えないような証言が相次いでいるそうです。

ラルフ・ゴモリー氏(元IBM社研究担当副社長)

 「地球的規模で展開する米国企業にとってよいことが、必ずしも米国経済にとってよいとはもはや限らない」。

 企業には「人々が生産やサービスに従事できるようにする」という「社会的な役割」がある。

ブルース・スコット教授(ハーバード大学ビジネス・スクール)

 「一九八〇年以来行われてきた米国の規制緩和は効率化を促すことをもくろんだ戦略だったが、あわせて、労働者を犠牲にして資本家に恩恵をもたらすことももくろんだものだった」。

 この10年ほど、アメリカに合わせて会社法や労働法などを改定してきた日本にとっても他人事ではありません。

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 より詳しくは以下に引用するしんぶん赤旗の記事をどうぞ。

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映画「街のあかり」

 アキ・カウリスマキ監督。

 印象としては、ちょっといい話、といった感じでしょうか。

 不器用でひねくれ者の男が主人公。世の中にはひねくれ者はたくさんいますが、果たして単にひねくれ者とだけ一括りにして良いものか、ちょっと角度を変えてみれば、そんな人物も、通俗に流れず、決して希望を失わない男とも見られる訳です。それが証拠に、この主人公は、自分を陥れた女を裏切りません。それと分かっていても裏切りません。

 この作品にも、主人公をそのように感じ取ってくれる女性が静かに登場します。

 この映画は、「敗者三部作」の3作目という風に言われますが、単に「敗者」と言ってしまっては、人と人生の見方が浅いと言わなければなりません。

 衝撃的なものはなく淡々とした作品ですが、とてもいい作品です。

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2008年6月16日 (月)

南米諸国連合(UNASUR)設立条約調印、リスボン条約否認

 歴史と経緯、また局面も異なる、中南米カリブ海諸国とヨーロッパであり、また、片や条約の調印、片や条約の否認ですが、諸国民の求めているものには共通性が窺えます。

 南米諸国連合(UNASUR)設立条約は、「統合は多国間主義の強化に向けた決定的な一歩」だと強調し、主権の平等に基づいた多極化世界、核兵器や大量破壊兵器のない世界を目標として明記すると共に、「社会的、経済的な不平等の根絶」も掲げ、貧困や社会的排除とたたかう決意を強調しているそうです(外務省の解説はここ)。

 他方、リスボン条約は、欧州委員の削減などの機構の効率化や迅速な決定が可能な多数決制を採用し、常任議長として任期2年半の大統領を選出、外相に相当する外交安保上級代表がEUとしての外交を統括するなどEUの機能を強化するものであり、反面、ストなどの社会権を明記した「欧州基本権憲章」は条約本文には盛り込まれず、付属条項で触れられるにとどまりました。

 リスボン条約否認を受けて、フランスのジュイエ欧州問題担当閣外大臣は「欧州の戦略と市民の懸念との間には、かなりの温度差があることを示した」と述べ、欧州議会内の社会党グループ「欧州社会党」のマルチン・シュルツ代表(ドイツ)は、「われわれが望んでいる欧州とは・・・より社会的な欧州だ」と述べたそうです。

 ここに窺える共通性に注目しておきたいと思います。それは、後期高齢者医療制度の問題、派遣労働の問題、憲法9条の問題、米軍再編の問題などで揺れる日本の政治にも見られる共通性だと思います。新自由主義と総括される今の資本主義社会の到達点のままでは社会が立ちゆかなくなっていることを示しており、少なくとも資本主義のバージョン・アップが求められているのだと思います。

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 関連するしんぶん赤旗の記事を引用しておきます。

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2008年6月12日 (木)

安藤たい作ニュース65号「事務所の看板、ポスターに落書き/民主主義とは相容れない不当な行為に断固抗議します」

Andounews0065    「安藤たい作ニュース65号」(PDF)

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2008年6月11日 (水)

映画「サラ・ムーンのミシシッピー・ワン」

 サラ・ムーン監督。

 精神病を患い、離婚しまた両親も亡くして孤独になり、人生に希望を失った男が、何も知らない8歳の娘を誘拐するという形で心の交流を得、人生に線香花火のような一瞬の喜び・輝きを得るが、精根尽きてピストル自殺をする話です。

 モノクロで撮りセピア色に色付けられたという映像、人物の表情や行動のみならず、その周囲の情景を独特の角度や独特の光と影の具合を持たせて撮った映像が、とても大きな役割を果たしている作品です。

 この独特の映像そのものがテーマだと言っても過言ではないでしょう。

 多くのカットが、いきなり人物に焦点を当てるのでなく、まず周囲の何と言うこともない情景から入ります。そして人物を映し、説明的にならない程度の台詞をしゃべらせた上で、また別の周囲の情景を映します。この前後の情景が丹念に撮られており、またモノクロであるが故に光と影の具合を効果的に作り出し使用していて、説明や台詞以上のものを伝えてきます。映像による詩です。この作品の最大の魅力だと思います。サラ・ムーンのサラ・ムーンたる所以なのでしょう。

 話の展開は以下の通りです。

 まず、少女が、テレビのコマーシャル撮りの準備か何かなのでしょう、登場して、自分は8歳で、アレクサンドラ・ウルフと言い、母親はリンダ・メイという歌手で、父親は生まれる前に死んだと自己紹介します。

 続いて、少女は回転木馬に1人で乗っており、男が登場してもう1回乗れとお金を渡します。

 次に、少女はうちにいて、母親から今夜は帰れないという電話を受けます。男が外の道路にいます。

 その明くる日、男は、登下校の最中の少女を強引に誘拐し、車の中で少女がリンダという母親の名前を出すと突然逆上します。ここでこの男が少女の父親で母親から離婚されたんだろうと示唆されます。

 さらに、税関を通過するときに見せたパスポートから(ベルギーにでも入ったのでしょうか)、男の名前がデヴィッド・ウルフだと分かり、少女と同じ名字であることから、父親であることがより強く示唆されます。

 翌朝、男は嫌がる少女の髪を無理矢理(たぶん)黒く染め短く切ります。これは周りの目から隠すため見た目を変え、また(たぶん)自分と同じ黒髪にして他人の目を欺こうとしたということなのでしょうか。男はその少女を見て自分のおばあちゃんに似ていると言います。

 こうして男は少女を連れ回し始めるのですが、少女が男に信頼を寄せるはずもなく、世話を焼こうとする男を断り続けます。

 しかし、ある日夜中に目を覚ました少女は、横にいるはずの男がいないことに気付き、男を捜し回ります。これをきっかけに男に頼らざるを得ないことに気付いた少女は、積極的に男に語り掛け、男の素性を聞き出そうとし始めます。

 さらには、行く先で出会った同い年くらいの別の少女が男を変人扱いするのを聞いて、反発し男をかばうようになります。

 こうして少女は男に打ち解けて行きます。男もそんな少女に孤独な心を癒され解放されていきます。ある日少女はいたずら心から身を隠しますが、男はそれに逆上して強い怒りを少女にぶつけます。男にとって少女はなくてはならないものになっていたのでしょう。

 その後、2人は湖でドイツ人の若い女性に出会い、男と女性は仲良くなりますが、少女はそれに嫉妬して、注目を惹くべく自らを剃刀で傷付けます。少女にとっても男はなくてはならないものになっていたのでしょう。

 しかし、それを見た男は、自分では面倒が見きれないと思い、少女を列車に乗せて母親の下に返そうとします。少女はそれを嫌がり、結局また男に付いて行きます。

 ところがその後行った所で、男の車が故障して動かなくなってしまいます。周りに修理を頼めるような所はなく、路上に放置して宿を取らざるを得ません。宿に入ってる間に車は何者かに壊されてしまいます。男が持っていた(たぶん)精神病の治療薬も切れてしまいます。男はだんだん弱ってきます。少女と共に宿でゲームをしたりして過ごすのですが、少女がそれに飽きて出掛けた隙に、自分は壊された車に戻ってそこに隠してあったピストルで自殺します。

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2008年6月 9日 (月)

沖縄県議選、共産党が3から5議席に躍進、民主も躍進、社民も伸ばす、与党は過半数割れ

Img484c8612aa8ab  遅くなりましたが、報道をコピーしてメモしておくために書いておきます。喫緊の課題である後期高齢者医療制度の廃止という国政の課題にも、また米軍再編のために名護市に新基地を建設するという国政上の問題にも、大きな影響を与えるでしょう。

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 選挙結果を伝える地元紙の報道と共に、選挙の争点を指摘する志位和夫委員長の演説要旨を引用しておきます。引用の議席構成の図は琉球新報のものです。

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映画「シベールの日曜日」

 セルジュ・ブールギニョン監督。

 親から捨てられた12歳の女の子と、たぶんインドシナ戦争で記憶を失った30歳位の男の、孤独な心同士の交流の物語。ある種の恋愛とも言えるような交流です。男が徐々に女の子の気持ちへの理解を深め、2人の間に純粋な信頼関係が築かれていく様が心を打ちます。しかし、周りからは奇異な目で見られ、ついには誤解によって男は警官に射殺されます。女の子は悲嘆に暮れる以外ありません。悲しい結末ですが、無垢で深い心の交流は、誰しも望む普遍的なものであり、とてもいい作品だと思います。

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映画「祭りの準備」

 黒木和雄監督。

 1975年の作品で、ちょうど僕が大学に入って上京した年です。この映画の舞台になっている高知県中村市(今は四万十市)もこの年の夏に旅行しました。

 作品中に「錆びたナイフ」(1958年)や「南国土佐を後にして」(1959年)が出てきますから、その頃を舞台にしている映画ですが、作品自体はこの映画の作られた1970年代前半に流行ったある種の空気を伝えているように思えます。しかし、どうもこの頃のこの種の空気には当時から共感を感じられません。テレビでやってたからたまたま見たのですが、自分には退屈でつまらない作品でした。

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映画「モンパルナスの灯」

 ジャック・ベッケル監督。

 モディリアーニ展(5月30日の記事)を見た流れで見てみました。酒浸りになった不遇の生涯という視点で描かれています。楽しめる映画になってると思います。ただ、先日のモディリアーニ展はこの定説を覆す視点のものでした。むしろこのモディリアーニの実像に興味を惹かれます。

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2008年6月 5日 (木)

安藤たい作ニュース64号「原油高に苦しむ中小企業に緊急融資制度/課題は残しながらも、日本共産党の提案が一定反映。」

Andounews0064    「安藤たい作ニュース64号」(PDF)

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映画「終わりなし」

 クシシュトフ・キェシロフスキ監督。

 ポーランドで1981年12月から翌年12月まで敷かれた戒厳令違反として逮捕された工場労働者を釈放させる話を副次的な軸としながら、その事件の弁護士を突然の死で失った妻がその喪失感と格闘していく話。

 事件を引き継いだ老弁護士は、亡くなった弁護士とは異なり、また最初の労働者本人の意向とも異なり、真実を明らかにすることや体制と闘うことよりも、体制と妥協して釈放されることだけを求めます。他方、妻は亡くなった弁護士の夫を忘れることがなかなかできません。生前の夫の愛情の表れとしての嫉妬心を垣間見て愛おしさを募らせたり、自分と出会う前に夫が心を寄せた女性を知って嫉妬したり、夫を忘れようと行きずりの男に身を任せたり催眠療法を受けたりします。しかし忘れられません。

 労働者は、結局新たに付いた老弁護士の意見を受け入れて、ハンストでの抵抗を止め、体制側が新たに作った労働組合の支持を得ます。その結果、戒厳令違反で有罪ながらも執行猶予となり釈放ということになりますが、その判決を聞いても喜べません。そこに老弁護士は亡くなった弁護士の妻に向かって以下のような詩を読み上げ、それを聞いた労働者は何かに気付かされます。

なぜそうなったか分からない
私の狼の心がみじめな犬になった
口の中を吹く風がやんだのか
生気のない目で空を見られない
炎の代わりに恐怖の光が
背骨で浮かれる
誰も私に首輪をくれず
誰も捜さなかった
私はみじめで卑しい使徒なのだ
主よ
地をはう者も愛し
ミミズにまで誇りを与えられる主よ
わが喉を開き叫ばせたまえ
嘆く私にも自由なる生を与えたまえ

 同時にそれを聞いた妻は、無理に夫のいない世界を受け入れることを止め、死ぬことによって夫のいる世界を選びます。

 示唆的で考えさせられる作品です。

 労働者は体制に屈服し、妻は夫の死を受け入れられず負けて死を選んだ、という風に単純に理解すべきではないと思います。

 作品中で描かれる体制への抗い方は、極端で情緒的なものであって現実的・理性的なものではなく、従って明らかに成算のないものです。つまり、当時のポーランドの労働者の中にあった、少なくともキェシロフスキ監督の目に映った抗い方は、本来否定されて然るべきものでした。否定されるべきものを否定し選ばなかったからと言って、それを単純に屈服と評価すべきではありません。

 これは、妻の夫の死への抗い方にも当てはまることです。「トリコロール/青の愛」(3月2日の記事)で類似の状況に置かれた妻が描かれますが、そこではこの作品からさらに一歩深められていると思います。

 また、キェシロフスキ監督は、この作品を機に政治的テーマから離れ個人的テーマへと移行して行ったという理解があります。しかし、その理解も未だ単純すぎるものと言うべきではないかと思います。

 キェシロフスキ監督は、他の様々な現実と共に、政治的現実をもきちんと見て描いてきた監督です。つまり、政治を含むあらゆる現実から目を背けなかったからこそ、これ以降の「デカローグ」、「ふたりのベロニカ」、「トリコロール」といった作品が生み出されたのではないでしょうか。政治という特定の現実を避けて生きているような人物からは生み出されない深みが、それらの作品にはあるような気がするのです。

 政治的テーマから離れ個人的テーマへと移行して行ったという理解には、安易に政治的現実を忌避して目を塞いでしまう、未熟さや軽薄ないし軽率さが刻印されているように思えます。

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映画「夕凪の街 桜の国」

 佐々部清監督。

 慎ましい作品ですが、図らずも大層感動的な作品でした。戦争を知らず、歴史を知らなくとも、今の僕らの感情から自然に入っていける作品です。

 ぜひ原作も読んでみたくなりました。

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映画「あなたになら言える秘密のこと」

 イサベル・コイシェ監督。

 「サラエボの花」(2007年12月30日の記事)と同様のテーマが扱われていますが、こちらはクロアチア紛争(1990~95年)に関わるものです。

 非常に深刻なテーマですが、「サラエボの花」同様温かい気持ちになれる描き方がしてあります。

 「死ぬまでにしたい10のこと」(今日の記事)以上に印象的でした。サラ・ポーリーもティム・ロビンスも上手い。

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映画「死ぬまでにしたい10のこと」

 イサベル・コイシェ監督。

 評判の映画だと読んだので見ました。題名から推して、メロドラマであることを警戒しながら見ましたが、杞憂でした。サラ・ポーリー演じる主人公アンは、死を宣告された2、3ヶ月後までに自分がしようと思うことをノートに書き出し、淡々と実行していきます。書き出したのが以下の10個。

1. Tell my daughters I love them several times a day.(娘たちに毎日愛してると言う。)
2. Find Don a new wife who the girls like.(娘たちの気に入る新しいママを探す。)
3. Record birthday messages for the girls for every year until they're 18.(娘たちが18歳になるまで誕生日のメッセージを贈る。)
4. Go to Whalebay Beach together and have a big picnic.(家族でビーチへ行く。)
5. Smoke and drink as much as I want.(好きなだけお酒とたばこを楽しむ。)
6. Say what I'm thinking.(思ってる事を話す。)
7. Make love with other men to see what it is like.(夫以外の人と付きあってみる。)
8. Make someone fall in love with me.(男性を夢中にさせる。)
9. Go and see Dad in Jail.(刑務所のパパに会う。)
10. Get some false nails.(and do something wiht my hair)(爪とヘアスタイルを変える。)

 これを読むだけでも23歳のアンの人柄や気持ちが伝わってくるようです。いい映画でした。

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映画「さらば、わが愛/覇王別姫」

 チェン・カイコー監督。

 評判の高い映画ですが、やっと見ました。噂に違わず圧巻でした。「北京ヴァイオリン」(5月14日の記事)と言い、大した監督だと思いました。

 不遇に生まれた上、移り変わる政治権力から、様々に強く抑圧されながら、2人の京劇役者とその一方の妻が、それぞれの人生を作り上げていきます。そこには、喜びと共に、大きな苦しみ・悲しみが刻まれます。その様々なものが刻み込まれたそれぞれの人生そのものが、尊厳あるものであることが迫ってきます。映画とは直接の関係はないものの、あえて考えを1歩進めるなら、そのそれぞれの人生を尊厳あるものとして扱わなかった政治権力とその作り出す社会のあり方が厳しく問われます。

 この映画を見て、初めてレスリー・チャンとコン・リーに惹き付けられました。他の作品も見てみたいと思います。

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