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2008年3月の16件の記事

2008年3月27日 (木)

安藤たい作ニュース57号「2008年度予算特別委員会が閉会しました/日本共産党、区民に負担増押し付け、格差を拡げる予算に反対貫く」

Andounews0057    「安藤たい作ニュース57号」(PDF)

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2008年3月20日 (木)

新銀行東京問題、今朝の日経もよく書いてる

 何か日経の論評の引用ばかりですが、今の都と都議会の、状況と問題点をよく書いていて興味深いと思うので、また引用しておきます。太字や赤字などは引用者です。

 ちなみに今朝のしんぶん赤旗の記事は以下のリンク先をどうぞ。

「新銀行東京、中小企業に役立たず、都議会委で小竹議員 追加出資撤回せよ」

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新銀行の審議低調
都議会、安直な対応 再び
外部意見導入へ公聴会を
(日経 2008.03.20)

 経営危機に陥った新銀行東京は再建のメドがあるのか、清算すべきなのか。都議会は来週、石原慎太郎知事が提案した四百億円増資の採決を予定するが、とても採決できるような十分な塞議をしたとはいえない

 「今回の追加出資の意味合いを多くの都民に理解していただき、(知事の)苦渋の決断が必要な決断だったことを申し上げたい」。都議会最大会派の自民党は予算特別委員会の総括質疑で四百億円を容認した。

早々に増資了解

 特別委で最初に質問にたった自民都議は新銀行東京を議題にせず、関連質問で別の都議がとりあげた。知事の再建への決意表明と、担当局長の「増資以外に選択肢はない」という説明を拝聴。わずか一時間のペーパー読み上げの質問で早々に増資を了解した。以後、同委で自民党は突っ込んだ質問はせず、知事批判の他会派の質問にヤジを飛ばすことに専念した

 自民党は九年前の都知事選で石原氏が同党の推す候補を破って当選したことから距離をおいたが、まもなく与党化した。知事の長男は衆院議員で自民党都連会長、三男も衆院選に自民公認で出馬、一度落選後、三年前に初当選した。知事に接近して陳情処理を含めて実利をとりたい自民と知事はもちつもたれつの関係だ四年前の新銀行設立時の審議では貸し渋りにあう中小企業にとって「地獄に仏」と同党は高く評価した

 自民党と並ぶ知事与党の公明党は正式な態度を留保しているが迫力は乏しい。十七日の経済・港湾委員会で質問した実力者は新銀行設立の審議の際、石原知事が不規則発言で「広報担当重役に起用したい」と呼びかけた推進者自己批判の一つもなく、新銀行に関する質問もなし。中小企業振興を訴え「議会の質疑は夢がないといけない」などと語るだけだった。

 民主党新銀行東京設立に賛成したスネに傷持つ身。執行部が当時の「親石原」から「反石原」へとカジを切ったものの、旧経営陣トップの仁司泰正氏の参考人招致の動議に賛成しなかった

 石原知事ら執行部は「増資以外の清算などの選択肢では都民の負担は千億円以上に達し、融資先中小企業の破綻も免れない」と強調する。しかし、増資で再建できるのか、収支見通しの詳細は答えず不明確のまま。

 四百億円の追加出資にとどまらず、将来さらなる負担がのしかかる危険性はないのか。融資額を二十分の一に圧縮し、店舗、人員を大幅に削減して無担保無保証融資も打ち切る再建案では融資相手の中小企業は結局苦しむことにもなる。

納税者納得せず

 設立当初から「スコアリングモデル」「ポートフォリオ」など新銀行の融資方式の説明を受け、バラ色の将来像に飛びついた都議会が再び都側の答弁だけで対応を決めようとしている。とても納税者は納得しまい

 乱脈経営のらく印を都が押した仁司氏らの言い分をなぜ聴取しないのか。「都議らも口利きで破綻した融資先を紹介したことが発覚するのを恐れているのではないか」(都庁幹部OB)という疑惑もささやかれる。

 公聴会を開いて新銀行再建の可能性について金融専門家の意見なども聴取すべきだ「都が監視する」などという四年前同様の付帯決議でお茶を濁されたのでは都民はたまったものではない

 都は〇八年度補正予算案の形で増資案を提出しており、当初予算案とは切り離して審議すればよい

(編集委員 中西晴史)

新銀行東京問題、2009年都議選に向け石原・自民はともかく「知事の在任中はつぶせない」のみ狙う

 昨日の日経夕刊があからさまに書いています。ただひたすら責任逃れ・責任転嫁の石原都知事、来年(2009年)都議選を石原与党で戦いたい自民。新銀行東京への400億円に上る追加出資は、ただこれだけのためだ、と。

 私利私欲だけを求める石原都知事と、都議選に向けた党利党略だけの自民党。こんな者達の思い通りにさせる訳には行きません。

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 以下に19日付日経夕刊の論評を引用しておきます。赤字は引用者によります。

展望開けぬ新銀行東京
「石原後」の幕引き視野?
(日経 2008.03.19.夕刊)

 経営難の新銀行東京(津島隆一代表執行役)に東京都が四百億円を追加出資する議案を巡る都議会の審議が後半戦に入った。都は増資による再建が「最も都民負担が少ない」と強調するが、延命後の展望は見えない議会側も知事の責任追及には及び腰だ。

■■

 「提案者として取るべき(責任)は都民に役に立つ銀行として再生させることだ」

 石原慎太郎知事が就任後最大のピンチを迎えている。自ら設立を主導し、昨年春の三選時には「二年で立て直す」と公約した新銀行東京の行き詰まり。都議会では「追加出資はしない」とこれまで明言していた石原知事への批判が相次ぐが、知事は自らの発言など意に介する様子もない

 経営責任はトヨタ自動車出身の仁司泰正元代表ら旧経営陣に押し付け、一万三千社に上る取引先の支援を盾に突破する――。知事周辺と都の元局長が代表を務める新銀行が描く筋書きだ。

 都議会では自民がこの案にいち早く乗った。本格審議が始まった十一日の予算特別委員会。「物書きで言葉を大事にする知事が苦渋の選択をした」。通り一遍の質疑を終えただけで自民は追加出資を容認した

 にらむのは来年夏の都議選だ国会で与野党対立が激化するなかで、東京では石原与党の立場で戦う。自民党が賛成に回る理由はこの一点に尽きる。同じ与党の公明党は態度を決めていないが、都議会は仁司元代表の参考人招致すら見送る体たらくだ。

 都が追加出資を迫られたのは新銀行の累積損失が膨らみ、監査法人から待ったがかかったためだ。増資しないと「来年度中に自己資本比率は(国内基準の)四%を割り込む」(佐藤広産業労働局長)。

 しかし、再建計画をみる限り、知事が強調する「都民に役立つ銀行」にはなりそうにない。店舗を六カ所から一カ所に減らし、昨年九月末と比べて預金は二十分の一、貸出金は五分の一に削減する。地銀中位行の規模を目指した新銀行は地方の信用金庫並みに縮む。これでは取引先も切り捨てるしかないだろう。

 再建ではなく、「将来の幕引きもにらんだ事実上の撤退案だ」とみる都幹部もいる。再建計画から浮かび上がるのは「知事の在任中はつぶせない」という点だけだ

 その縮小均衡路線すら危うい。新銀行の融資・保証先の四割強は赤字や債務超過の中小企業だ。新銀行の回収不能額はすでに三百億円近くに上るが、景気減速が鮮明になるなかで不良債権はさらに膨らむ可能性が高い。

■■

 新銀行の津島代表は増資後に、外資系機関との提携に乗り出す意向を示している。しかし、いざとなると責任転嫁に走る「石原リスク」がこれだけあらわになると簡単ではないだろう。

 開業時の役員の多くはすでに退任し、行員数もさらに四分の一に絞る。指揮官がいくら進軍ラッパを吹いてもこれでは現場は持つまい。撤退戦ほど難しいものはない。

(編集委員 谷隆徳)

2008年3月18日 (火)

新銀行東京問題、開業時の都議会各会派の加担と、現在の態度

20080318shinginkotokyo

 相変わらず石原都知事が責任逃れに終始しているため、最初の1,000億円に続いて400億円をどぶに捨てる危険が消えていません。

 先日の予算特別委員会では、自民・民主・公明の3党が石原都知事を擁護する態度に出ましたが(14日の記事)、今朝の日経では、民主は世論の手前石原都知事を責めはするものの攻め手を欠き、公明が石原都知事を擁護したいのは山々だが、世論の批判の前にそうする訳にも行かず揺れていると書かれています。

 都議会の定数は127議席ですが、現員は125人であり、過半数は63です(都議会各会派の正確な議席数は都議会ホームページこちら)。自民の議席は現在48、公明の22を足せば、70となって過半数となるだけに、公明としても損得勘定を必死でしているのでしょう。

 その記事では、各会派の日経から見た現在の態度と共に、設立時の1,000億円出資への賛否を一覧表にしてくれています。都議会の共産を除く各会派のオール与党ぶりが見えて便利なものになっています。

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 記事と共に一覧表を引用しておきます。

擁護の自民 攻め手欠く民主 反対の共産
各会派、姿勢の差徐々に
新銀行で都議会 公明の対応焦点
(日経 2008.03.18)

 新銀行東京(東京・千代田、津島隆一代表執行役)への四百億円の追加出資を審議する東京都議会は十七日に始まった経済・港湾委員会で、各会派が論戦を展開した。一連の審議が後半にさしかかり、主要会派の姿勢の違いが徐々に鮮明になってきた。与党ながら出資案への態度を明確にしていない公明の対応が焦点になりつつある。

 委員会審講で自民は出資容認をにじませ、都側を援護するような質問が目立った。民主は再建計画の内容などを追及するが攻めあぐねている。共産は徹底反対を貫く。キャスチングボートを握る公明は都に理解を示すが、賛否は明らかにしていない。

 最初に質問に立った自民の神林茂都議は、原油高などを引き合いに「中小企業支援に積極的な資金供給が必要だ」と強調。都の佐藤広産業労働局長が「新銀行は中小企業の役に立ち再建が必要」と答弁する呼び水になった。さらに同都議は「都民、中小企業のためという決意を忘れずに取り組んでほしい」などと、都への応援とも取れるようなやりとりが続いた。

 都議会野党第一党の民主は山口拓都議が「再建計画では赤字・債務超過先にどのくらい融資するのか」とただしたが、都側は「重要な経営情報になるので示すことはできない」と拒否し、議論がかみ合わない場面が目に付いた。山口氏は「再建計画を詳しく示せないなら検証できない」といらだちを爆発させた。

 共産党も将来の収益見通しについて詳しい説明を求めた。都が「銀行側が明らかにしていない」などとあいまいな答弁に終始すると清水ひで子都議は「肝心なことに全く答えていない。追加出資をやめさせることに全力を挙げる」と批判のトーンを上げた。生活者ネットワークの大西由紀子都議は「再建計画には裏付けのデータもなく『再建願望計画』にすぎない」と痛烈に皮肉った。

 微妙なのが自民と与党を構成する公明。石原慎太郎知事を支える与党の立場と、追加出資への世論の反発とのはざまで苦慮している。

 質疑で同党の上野和彦都議は、新銀行に追加出資せずに破綻した場合の影響について質問した。他にも銀行で損失が発生した状況や旧経営陣への法的対応など実務的なやりとりが目立ち、追加出資に対する批判的な発言はなかった。質問に立った二人のうち一人は新銀行問題を取り上げなかった。

 公明党(二十二人)が出資容認に傾けば自民党(四十八人)と合わせて都議会の愚半数(六十三人)に達し、出資の議案は可決される。だが公明内部にも「四百億円の出資根拠が明確でない」との声があり、意見集約が遅れている状況だ。委員会でも「わが党は締めくくり総括質疑まで徹底的に調査する」と締めた。

2008年3月17日 (月)

映画「偶然」

 クシシュトフ・キェシロフスキ監督。1981年に123分の作品として制作されたものの、当局から上映禁止とされ、1987年1月に119分にカットされてようやく公開が許された作品だそうです。

 とても興味深い作品でした。

 主人公ヴィテクは、第1話で本人が語るところによれば、1956年6月のポズナニ暴動のさなか生まれます。一緒に生まれようとした弟は死産、母親はそのまま死去。ヴィテクの目には、このとき病院に運び込まれるポズナニ暴動での怪我人・死者の姿が焼き付きます。

 また、第2話での本人の語りによれば、曾祖父が当時のポーランドの支配者ロシアに対する1863年の1月蜂起に参加、祖父は1920~21年のポーランド・ソビエト戦争でビウスツキと共に戦う、父親は1939年のナチス・ドイツの侵略と戦い、1956年のポズナニ暴動に参加、という設定になっています。

 ヴィテクはその後、父親1人の手で育てられます。父親はポズナニ暴動が弾圧されて考えるところがあったのでしょう、息子を医者にしようと懸命に育て、息子も優等生としてそれに応えていきます。しかし、後に医学生となった息子に、息子が優等生であるのは嫌いだったと語り、一番嬉しかったのは息子が教師を殴ったときだと語ります。たぶん1977年の設定ではないかと思いますが、その父親は、もう医者にならなくていいと言い残して死にます。

 父親の望み通り生きてきた主人公ヴィテクは、これからの人生を迷い始め、大学を休学しワルシャワに向かおうとします。

 列車に乗り遅れそうになるヴィテクは駅に急ぎますが、急ぎすぎて駅の入り口で老婆にぶつかり、老婆は小銭を落とし、その小銭を浮浪者が拾い、それで構内にある立ち飲み屋でビールを注文して飲み始めます。

 ここから話が3つの場合に別れるのですが、第1話では、切符を買ったヴィテクが、その浮浪者の前をうまくすり抜け、列車に間に合い乗れます。第2話では、ヴィテクは浮浪者にぶつかりビールジョッキが落ちて砕けるくらいはね飛ばします。すると、その乱暴さが列車に何とか乗ろうとするヴィテクににも表れていたのでしょう、駅員に危険と見咎められて乗車を止められてしまい、それに抵抗したヴィテクは逮捕され軽犯罪法違反で30日間の保護観察処分・無償での労働奉仕の刑罰を科されます。第3話では、浮浪者とぶつかるもはね飛ばさずよけて通りますが、一瞬浮浪者に阻まれたせいか結局列車に間に合いません。

 こうして想定される3種類の人生をヴィテクは映画の中で歩むこととなります。しかし、その3つの人生のどれにおいても、たぶん1980年7月11日という設定だと思うのですが、その日の同じワルシャワ発の飛行機でパリに向かうということになります。しかし、ここでも乗れたり乗れなかったりという結末になります。1980年7月は、ポーランド中にストライキが広がり、9月の自主管理労組「連帯」の結成へつながっていくという時期です。

 想定された3つの人生のどれもで、ヴィテクはその良心に従い誠実に生きようとします。しかし、それがそのまま報われことはありません。裏切られたり、誤解されたり、また残酷な運命に巻き込まれたりします。希望を失ってしまう訳ではないが、決して展望の見える訳ではない人生が描かれます。キェシロフスキ監督が、様々な人生を冷静にしっかりと見つめ、人生とは何なのかを真剣に考え、一歩一歩深めて行っているように見えます。この積み重ねが「ふたりのベロニカ」や「トリコロール」につながっているように思えます。

 第1話では、年老いたポーランド統一労働者党員ヴェルネルが印象的です。彼は、ソ連の強力な干渉の中、1949年以降のポーランド統一労働者党内で、モスクワ亡命派が戦争中国内で戦った党員を民族主義的偏向と批判して追放していく過程で、言われなき罪を着せられ逮捕・投獄、拷問された経験を持ちます。同じく逮捕・投獄・拷問を受けた党員アダムが要領よく立ち回り、出獄後党の中で出世していったことが示唆されます。ヴェルネルはそれに不満を持ちながらも自らは抵抗せず流れに身を任す人並みな生き方を選び、後を継ぐ者によって党や政治が変えられていくことを望んでいると言います。

 第2話では、1968年3月のユダヤ人排斥運動の中でだと思いますが、デンマークへ移住した同級生ダニエルの姉で、移住しなかったヴェルカが印象的です。またヴィテクの伯母も印象的で、彼女は戦争中の共産主義者の戦いを経験して共産主義者に深い信頼を寄せています。ユダヤ人にはすばらしい共産主義者がたくさんいたと語ります。

 第3話では、学部長の人生にも興味深いものがありますが、あれは何と言うのでしょうか、2人でボールをお手玉のように延々と遣り取りする練習の場面が妙に印象に残ります。

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2008年3月14日 (金)

新銀行東京問題、自民・民主・公明は議会ルールを破ってまで石原都知事の肩を持つのか!(記事追加)

 石原都知事が2004年選挙での公約を実行するために強引に作った「新銀行東京」ですが、ここに来て、その開業時に都の幹部が黒字見通しを偽装していたという重大な疑惑が浮上しています。

 石原都知事はこの問題でも、自らの責任逃れのみに必死になるという、愚かで見苦しく卑しい態度に終始しています。

 そういう中、都議会までもが、自ら議会ルールを破ってまで石原都知事の責任逃れに加担するという許されない行動に走りました。

 東京都議会の予算特別委員会において13日から14日にかけて、(1)新銀行東京の旧経営陣の参考人招致を求める日本共産党の動議を、自民・民主・公明の反対で否決し(日本共産党と生活者ネットワークが賛成)、(2)新銀行が公表を拒んでいる経営破綻の原因を分析した「調査報告書」全文の提出を求める日本共産党の動議については、自民党の三宅茂樹委員長が採決すらしなかったのです。

 1,000億円をどぶに捨て、新たに400億円をどぶに捨てようという重大な問題にも拘わらずです。

 日本共産党東京都議団幹事長の吉田信夫氏は、早速以下の声明を発表しています

予算特別委員会での緊急動議の取り扱いについて

2008年3月13日
日本共産党東京都議団幹事長 吉田信夫

 わが党が提出した新銀行東京の調査報告書全文等の提出を求める動議を委員長が一方的に無視したのは、委員会運営のあり方としてルール違反だ。
 自民、民主、公明の三党がそれを追認するという態度をとったことも許されない。調査報告書等提出の動議は採決されておらず生きている。速やかに採決することを強く求める。

 そもそも守秘義務や今後の訴訟のことを理由に、新銀行当局が400億円追加出資の是非を決めるうえで必要な情報を出さないといい、東京都もそれを追認するというが、都議会が守秘義務を宣誓することなどによって、問題は解決できるはずだ。それでも出さないと言うなら、追加出資の提案を取り下げるべきである。

 旧経営陣等の参考人招致を求める動議は自民党、民主党、公明党の反対で否決された。民主党が本日の理事会では招致をすべきだといいながら、動議に反対したのは重大な裏切り行為だ。民主党はわが党が同意していない世話人協議会の合意なるものをもちだし、動議を「パフォーマンス」などと攻撃するのはまったく道理のないものである。

以上

 こんな体たらくでは、都政を監視すべき議員としての資格がないと言わざるを得ません。

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 しんぶん赤旗の記事と、どの動議が採決されたかの認識は異なりますが、今朝の日経新聞の記事を引用しておきます。

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2008年3月13日 (木)

安藤たい作ニュース56号「道路特定財源・これでいいのか区の立場。オール与党もこぞって本会議・予算委員会で特定財源維持を後押し・容認する質問」

Andounews0056  こういう従来の予算を削るという話になると、その政治家・政党が、何を目指して、誰のために政治をやっているのかが露骨に見えてきますね。

   「安藤たい作ニュース56号」(PDF)

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映画「アマチュア」

 クシシュトフ・キェシロフスキ監督。長編2作目。1979年制作。

 これも、ソ連とそれに追随する者達の抑圧下にあったポーランドを舞台に描かれた映画。

 平穏な生活を望み作り上げていた工場労働者が、生まれてくる子供のために8ミリカメラを買ったことから、映画撮影そのものにのめり込み、そのために妻との仲は冷え、またありのままに撮ろうとすることで上司や周囲とも対立していきます。

 ありのままに撮ったが故に賞められ、また撮られた人にとても喜ばれます。ところが却って大きな不利益を被る人も出てきます。それに気付いた主人公は、最後に新たに撮ったフィルムを廃棄し、自分自身にカメラを向けます。

 この映画にしろ、先に見た「傷跡」にしろ、キェシロフスキ監督が何を見また体験した上で、何を感じ考えて、「ふたりのベロニカ」や「トリコロール」に到達していったのかが見えるような気がします。

 これも興味深く見られました。

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映画「傷跡」

 クシシュトフ・キェシロフスキ監督。監督初の長編劇場用映画。1976年制作。

 ソ連とそれに追随する者達の抑圧下にあったポーランドを舞台に描かれた映画。自らの出身地である地方都市に作られる大規模な工場の監督官に任命された誠実な人物を描きます。誠実であるが故にその地の住民の意見を聞こうとし、テレビの取材にも応じたりしますが、それが時の体制・権力者の意に沿わない結果を生み、結局監督官の地位を追われ隠退生活に入ります。私生活においては妻や娘との軋轢を最初からずっと抱えたまま解決できません。

 体制批判と言うよりは、体制の中で良心を守ろうとする人間の葛藤を描きます。もちろん、体制が問題の原因である以上、それを否定しない主人公に救いはありません。しかし、ここで描かれる主人公の葛藤は、良心を捨てきれない多くの人が人生・生活の中で体験することです。従って、興味深い。

 撮影はスワヴォミル・イジャック氏が担当しています。道理で独特の魅力的な映像を見せてくれます。この人が同じく撮影を担当した「殺人に関する短いフィルム」、「ふたりのベロニカ」、「トリコロール/青の愛」、そしてこの「傷跡」、どれも映像そのものが強烈に魅力的です。

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2008年3月 8日 (土)

映画「ボルベール<帰郷>」

 ペドロ・アルモドバル監督。興味を引かれる監督です。

 父親の娘への強姦を主題とする作品ですが、それによって大きく傷つけられる妻や娘を力強く描いています。母親や女性のたくましさ、明るさ、暖かさを強く感じさせられます。映像自体も明るく力強い。

 「オール・アバウト・マイ・マザー」、「トーク・トゥ・ハー」、「バッド・エデュケーション」とどれも好きな映画ですが、この作品が一番分かりやすいかもしれません。

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映画「殺人に関する短いフィルム」

 クシシュトフ・キェシロフスキ監督。「デカローグ」第5話のリメイク。

 青年がタクシー運転手を殺害し、他方そのために死刑を執行される様を、弁護士を絡めて描いた映画。

 他者に死を押し付ける行為について考えさせられます。いい映画です。

 周囲を緑にぼかしたような映像が独特の雰囲気を作り出しています。

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映画「愛に関する短いフィルム」

 クシシュトフ・キェシロフスキ監督。「デカローグ」第6話のリメイク。

 孤独な19才の青年が、向かいのアパートに住むやはり孤独を持て余す年上の女流画家に、未熟で屈折してはいるが純粋な愛情を抱き、両者の葛藤を経た上で、それぞれが成長・成熟していく物語。

 とてもいい映画でした。

 ラストシーンは、年上の女流画家を演じたグラジナ・シャポウォフスカの意見により「デカローグ」のものと変えられ、監督自身は「デカローグ」のものの方が好きなようですが、これはこれで素敵なラストシーンでした。

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2008年3月 6日 (木)

映画「母べえ」

 山田洋次監督。僕が最も好きな映画監督です。この映画も2度見ました。

 治安維持法は、1925~1945年の20年間の日本において、その時々の政府の政策に反対する国民を、死刑・無期ないし5年以上の懲役・禁錮(1928年以降)で処罰した法律ですが、それをできるだけ多くの国民に適用するために、警察が処罰したいと思う国民に対し、当時の行政執行法1条 (第1項 当該行政官庁は泥酔者、瘋癩者、自殺を企つる者、其の他救護を要すと認むる者に対し必要なる検束を加へ、戎器、兇器、其の他危険の虞ある物件の仮領置を為すことを得。暴行、闘争、其の他公安を害するの虞ある者に対し之を予防する為必要なるとき亦同じ。第2項 前項の検束は翌日の没後に至ることを得ず。仮領置は30日以内に於て其の期間を定むべし。) を適用するなどして逮捕状などもなくいきなり拘束し、しかもそれを書類上で繰り返すなどしてできるだけ長期間拘束を続け、その間に警察の筋書きに沿った手記を無理矢理書かせ、それを根拠にして治安維持法を適用・処罰することが行われていました。

 本作で描かれた家族の父親(父べえ)は、この行政検束で1940年2月の早朝突然警察に拘束され、1942年1月に拘置所で死亡するという設定です。行き詰まる中国侵略戦争を反動的に打開すべくドイツ・イタリアとの大侵略国家同盟へと突っ走る中でその障害物として拘束され、ハワイとマレー半島で世界最大の侵略国家として公然と世界を敵に回す行動に出た中で死を強いられるという訳です。実態は当時の政府による手間をかけた殺人で、当時実際に頻繁に行われたことです。しかし、戦後の日本政府はこれらの行為についての、補償を始めとする責任を一切果たしていません。ここにも戦争責任を蔑ろにしてきた日本政府の姿が現れています。日本政府は外国人ばかりでなく、日本人に対してもその責任を果たしてないのです。

 この理不尽な拘束と、拘束に基づく死によって、妻(母べえ)と小さな娘2人(初べえ、照べえ)は、生活の上でも、気持ちの上でも、大きな負担・痛みを押し付けられます。

 他方、この3人を様々な人が支えます。父べえの教え子、父べえの妹、母べえの伯父、近所の炭屋のおじさん、掛かり付けのお医者さん等。様々な性格の人間が様々な形で支えます。母べえも支えられながら、しかし決して流されることもなく凛として家族を支え、また引っ張っていきます。

 多様な人間が存在して多様な人間関係が作り上げられていく中でこそ、人が人として、流されることなく生かされていくんだなあと改めて思いました。

 最後に、母べえが、父べえとはあの世で会いたくなんかない、生きて会いたい、と語る言葉が胸に刺さります。

 浅野忠信さん演じる父べえの教え子・山崎徹が魅力的な人物に仕上がっています。徴兵されてもう会えるのが最後になる日に、山崎は気にかかっていた主人公宅の郵便受けを不器用な手で直して行きます。泳げもしないのに父べえの代わりに家族の海水浴に付き合います。何をやるにも生真面目で一生懸命です。母べえに恋心を抱き、父べえを師と慕うせいでもあるでしょうが、彼の人柄です。浅野さんがとても魅力的に演じています。

 この山崎に密かに恋をする父べえの妹・野上久子を、檀れいさんがやはり魅力的に演じ、上品な美しさを見せてくれます。目立ちはしないが印象的です。活躍を期待したい女優さんです。

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2008年3月 2日 (日)

「米兵によるあらゆる事件、事故に抗議する県民大会」

 日米地位協定の抜本的見直しはもちろん、国の防衛には全く無関係で単に第三国への侵略のための軍隊でしかない海兵隊の日本からの全面的撤退が必要です。そしてその海兵隊のような軍隊のためにあると言っても良いアメリカ軍基地そのものを沖縄からも日本からも無くすことを真面目に考えるべきです。

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 沖縄タイムスの記事を引用しておきます。

続きを読む "「米兵によるあらゆる事件、事故に抗議する県民大会」" »

映画「それでもボクはやってない」

 周防正行監督の映画はだいたい見てますし、この映画は知り合いも少々関わっているので、見よう見ようと思っていましたが、テレビに登場、やっと見ました。

 話も大いに楽しめ、かつ日本の刑事裁判の実態をリアルに描いていて改めて考えさせられます。特に裁判官が淡々と描かれていてリアルさが増し、刑事裁判の怖さがしみじみと伝わってきます。

 他方、被告人を何とか冤罪から救い出そうとする支援者たちの努力が胸を打ちます。母親や友人はもちろん、同じ目にあった人など、このような努力の重要性が身に沁みる感じでした。孤立無援の被告人・母親・友人をどんなにか強く支えたことでしょう。僕も裁判の支援に関わってこなかった訳ではないのですが、その不十分さを思わされました。

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映画「トリコロール/青の愛」、「トリコロール/白の愛」、「トリコロール/赤の愛」

 クシシュトフ・キェシロフスキ監督。

 映画館で上映されたとき見ようと思いながら見逃した映画。知り合いが話題にしたので思い出して見ました。

 恋愛に関わる3つの局面を描いているのですが、見始めると、その物語に引き込まれ、映像や音に表れる感覚的世界に浸らされます。

 1度目に見たときは、その音楽のせいもあって「青の愛」が一番印象に残りましたが、2度目に見ると「白の愛」も「赤の愛」も当然ながら侮れません。僕が男性だからでしょうか、「白の愛」が一番分かりやすいのですが、「青の愛」に惹き付けられ、「赤の愛」に考えさせられます。

 最も興味深い監督の1人になってしまいました。その監督を生みこれらの作品を作らせたポーランドにも関心が深まりました。

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