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2008年1月21日 (月)

教科書調査官、縁故採用の系譜―平泉澄→村尾次郎→時野谷滋→(伊藤隆→)照沼康孝・村瀬信一(・福地惇)(追加)

 沖縄戦「集団自決」が日本軍の強制によることを削除させた今回の教科書検定は、教科用図書検定調査審議会の判断と言うよりは、文科省職員である教科書調査官によるものであることが明らかになっています(例えば2008年1月12日の記事参照)。

 その調査官は公正な採用試験等による採用ではなく、縁故採用であることも明らかになっています(以下にリンクした記事参照)。

2007年10月4日の記事に引用したmahounofuefukiさんの記事(ブログ「世界の片隅でニュースを読む」)。

2007年10月16日の記事に引用したしんぶん赤旗14日付の記事。

2007年10月25日の記事に引用したしんぶん赤旗などの記事。

2007年11月6日の記事に引用したしんぶん赤旗日曜版の記事

 20日付のしんぶん赤旗日曜版はその縁故採用の系譜をより詳しく明らかにしてくれました。調査官制度自体が文科省が無理矢理導入したものであり、しかもその系譜が平泉澄氏に遡るとは驚き呆れました。記事を引用しておきます。

(追加) さらにこの記事をアップした後、mahounofuefukiさん(ブログ「世界の片隅でニュースを読む」)からTBを頂き、そこによりきちんとまとめてくれた記事を書かれ、かつ様々な情報にリンクしてくれてます。既にTBを頂いてますが、ここにリンクもしておきます。

2008年1月21日付、世界の片隅でニュースを読む「教科書調査官の系譜~『さるのつぶやき』より」

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2008年1月20日(日)「しんぶん赤旗 日曜版」

教科書調査官
「縁故」で採用 闇の系譜
“日本は天皇の国”“検定で「右」にする”

 沖縄戦「集団自決」の教科書記述をめぐる昨年来の動きのなかで、教科書執筆者らから、文部科学省教科書調査官制度廃止の要求が強まっています。教科書調査官のヤミの系譜に迫ってみると――。前田泰孝記者

 「蚊帳の外」。ある教科書出版社の編集者は、通常なら自分たち編集者が教科書調査官との折衝にあたるのに、今回の訂正申請では外されたことを、こうのべました。

 「社の限られた役員のみ。他社も同様のようです。調査官とのやりとりに編集者が参加できないなんて異例だし、おかしい」

 異例な場で、文科省教科用図書検定調査審議会(検定審、学者などで構成)の合意をも越えて、日本軍の強制性を示す記述削除を"指示"したのが教科書調査官です。

 検定審の複数のメンバーも本紙の取材(先週号で既報)に軍の強制性はダメだとすることで一致した覚えはない、と証言しています。

 問題の検定意見で中心的役割を果たした照沼康孝主任調査官は本紙の取材に「検定審は非公開だからコメントできない」としながら、こう語りました。

 「そのように(検定審メンバーのなかに)言う人がいるなら、そう解釈すればいい。否定も肯定もしない」

特異な歴史観

 この横暴な教科書調査官を誕生させた調査官制度とは、どのようにしてつくられ、どんな人たちが選ばれてきたのでしょうか。

 同制度は、1956年に国会に提出された「教科書法案」に盛り込まれましたが、教科書に対する国の管理を強めるものだと、国民が反対し廃案になりました。ところが文部省(現、文部科学省)は同年、行政措置で制度導入をごり押ししました。

 調査官"1期生"に村尾次郎氏がいました。社会科の初代主任調査官です。村尾氏は旧東京帝大文学部国史学科の卒業生で、戦前の天皇中心主義歴史観の代表的歴史家、平泉澄教授の愛(まな)弟子の一人です。

 同教授指導の右翼団体「朱光会」会員で、「日本は天皇の国」「右翼と呼ばれたい」(『週刊朝日』69年8月1日号)と言ってはばからない人物でした。

 調査官就任後、初の仕事が、家永三郎氏執筆の教科書検定。家永氏が起こした教科書検定訴訟で被告・国側証人として証言しました。

 「個人の見解といえども客観性があると判断したら、(検定意見に)入れる」とし、客観性があるかどうかも「自分で決める」と明言(69年7月5日、東京地裁)。自らの特異な歴史観を検定に持ち込むことを否定しませんでした。

「自決」を美談に

 村尾氏は同じ東大文学部国史学科の後輩で朱光会の時野谷滋氏を調査官に起用しています。

 時野谷氏も家永教科書を担当。「南京占領直後、日本軍は多数の中国軍民を殺害した」との記述の「日本軍は…殺害した」を、「軍として組織的にやったという誤解が生じる」との理由で認めませんでした。

 家永裁判で、国側証人として、沖縄戦での住民の「集団自決」を崇高な犠牲的精神の発露だとする見方への是非を間われ、「そういう場合もあったろう」と発言。(87年2月17日、東京地裁)

 「集団自決」犠牲者は日本軍のために殺された人に「含まれない」とも答えました。

 時野谷氏は初めて教科書に「集団自決」を書かせましたが、軍の強制性を否定し、国のために自決した殉国美談の意味を込めていたのです。

 その時野谷氏が主任調査官となったとき起用したのが、軍の強制性を削除した今回の検定意見で中心的役割を担った照沼康孝調査官です。

 照沼氏は、戦争美化の「新しい歴史教科書をつくる会」人脈の伊藤隆東大名誉教授の門下生。伊藤氏が時野谷氏に紹介しました。

 伊藤門下生で照沼氏の後輩の福地惇氏の場合、いきなり主任調査官に。本紙に「『左』に偏向した教科書を右にするための、検定強化の意味がある」と説明しました。

 同氏は調査官就任後すぐ、月刊誌の対談で、教科書を「戦争に対する腰罪(しょくざい)のパンフレット」(月刊誌『MOKU』98年9月号)と攻撃。半年足らずで"クビ"になりました。

 現在「つくる会」副理事長です。

 福地氏がクビになった後、伊藤門下生の村瀬信一氏が調査官に。

 照沼、村瀬氏は恩師、伊藤氏が執筆や監修した「つくる会」教科書を検定合格(01年度・05年度検定)させました。

 調査官は文科省専任職員=国家公務員なのに採用試験がなく、選考基準を文科省は明らかにしていません。

 前出の福地氏も「人脈たよりのケース・バイ・ケース。いいかげんなもの」と語るほど「縁故採用」がまかり通っています。

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