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2007年12月の26件の記事

2007年12月30日 (日)

女性自衛官事件訴訟、加害者が不起訴処分に

 少し遅れましたが、この27日、札幌地方検察庁はこの事件の加害者を不起訴処分としました。

 この事件に関しては、自衛隊は当初から組織的に犯罪を隠蔽しようとして悪辣な行為を繰り返しており、地検の不起訴処分はこの隠蔽行為に追随・加担するものです。自衛隊が組織的に行った隠蔽行為が功を奏したということでしょう。

 AMLのメーリングリストに情報が流され(ここ)、「転送歓迎」とあるので、以下に投稿の内容(新聞記事、弁護団声明、「支援する会」声明)を引用しておきます。「支援する会」のブログにも情報があります(ここ)。

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吉岡正史さんがブログ開設、衆院小選挙区東京22区(三鷹・調布・狛江・稲城)日本共産党予定候補

 僕はこの方とお付き合いがある訳でも何でもなく、ただ1度だけ、それも10分ほどの演説を聞いたことがあるだけですが、何となく気に入ってます。

 このブログも楽しみに読んでいきたいと思ってます。皆さんもどうぞ。

日本共産党 吉岡正史 東京22区(三鷹・調布・狛江・稲城)のページ

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映画「サラエボの花」

 12年前に一定の決着が付いたボスニア内戦時の計画的・組織的な反復的大量強姦行為の被害者の今を描いた映画です。日本で言えば「従軍慰安婦」の問題と同様の問題です。

 ヤスミラ・ジュバニッチ監督自身が「愛についての映画」と言っていますが、まさにそのような映画として成功しています。

 主人公エスマを演じたミリャナ・カラノヴィッチさん、強姦の結果生まれたその娘役のルナ・ミヨヴィッチさん、主人公に恋をするレオン・ルチェフさん、それぞれが素晴らしい役作りをしています。どれも印象に残りました。最後のシーンがこれまたいい。

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映画「真空地帯」

 これも山本薩夫さんの作品。1952年と古い作品ですが、楽しめました。

 戦時中の日本軍隊が、どんなに腐敗した組織であったかを描いています。

 最近の守屋武昌前防衛事務次官の汚職事件を始めとする様々な軍事利権問題、女性自衛官への強姦未遂事件などを見ると、その腐敗が今の自衛隊にもしっかりと引き継がれていることが分かります。

 軍隊・自衛隊というと、「国民の安全を守る」、「国際貢献」などの、広報・宣伝のために机上で考え出されたきれい事の建前に過ぎないものが、さも実態であるかの如く声高に語られますが、このような机上の空論ではなく、正確な事実を基にリアルに考えなければならないことを、改めて思い起こさせてくれます。

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映画「戦争と人間 第一部 運命の序曲」、「戦争と人間 第二部 愛と悲しみの山河」、「戦争と人間 第三部 完結篇」

 山本薩夫さんの映画にはまったので見続けてます。

 この3部作はとても素晴らしい。歴史をきちんと押さえると共に、その中で生きる様々な人間の1人1人の姿をきちんと描いています。社会と個々の人間の両方を正確に丁寧に描いて成功しています。様々な情景もリアルです。もう何もかも素晴らしいと言いたくなります。何度も見たい作品です。

 俳優も豪華絢爛ですが、特に滝沢修さんが印象に残りました。

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2007年12月28日 (金)

沖縄戦「集団自決」教科書検定問題、文科省の「基本的とらえ方」は詭弁にすら値しない(補充)

 今回の教科書会社の訂正申請を審議する過程で、教科用図書検定調査審議会は、「訂正文の内容等を調査審議するに当たっての沖縄戦及び集団自決に関する日本史小委員会としての基本的とらえ方」を整理しました(大臣談話はここ)。

 しかし、こんなものは、教科書から「日本軍の強制」を削除する根拠となるような代物ではありません。

 報道によれば、その内容は、以下のようなものだと思われます。

 確かに、「住民側」の主観においては「自決せざるを得ないような状況に追い込まれた」のであるが、しかし、客観的には、その「背景・要因」は「軍の関与はその主要なもの」とはいえ「様々」であり、ましてや「集団自決に軍の直接的な命令はなかった」のであるから、「軍による強制」の明記は認められない。

 すなわち、

 日本軍は「集団自決」の命令など出していないが、住民が「誤解」して「集団自決」してしまったという訳です。せいぜい住民の「誤解」をもたらした背景・要因の主要なものが日本軍にあったと言うに過ぎません。

 しかし、この文科省の認める「様々な背景・要因」とは、文科省によって今回認められた教科書の記述から拾うなら、「軍・官・民一体の戦時体制のなかで、捕虜になることは恥であり、米軍の捕虜になって悲惨な目にあうよりは自決せよ、と教育や宣伝を受けてきた」(清水書院)、「日本軍は、住民に対して米軍への恐怖心をあおり、米軍の捕虜となることを許さないなどと指導したうえ、手榴弾を住民にくばるなどした」(実教出版)、「日本軍は住民の投降を許さず、さらに戦時体制下の日本軍による住民への教育・指導や訓練の影響」(第一学習社)、「日本軍により、戦闘の妨げになるなどの理由で」(実教出版)といったものです。

 それがこのようなものである以上、この文科省の認める「様々な背景・要因」こそが「日本軍による命令・強制」を構成する要素なのであり、「様々な背景・要因」の存在を認めることは他ならぬ「日本軍による命令・強制」があったことを意味するのであって、決して「日本軍による命令・強制」を否定する根拠にはなり得ないのです。文科省の認める「様々な背景・要因」があったからこそ「日本軍による命令・強制」があったことになるのであり、「住民の誤解」があったことには決してならないのです。

 日本軍は「敵の捕虜になる前に潔く自決せよ」という命令を出しており、しかもその上で日本軍は自決用の手榴弾まで配っています。にもかかわらず日本軍による命令はなかったと言うことは、論理的に不可能なのです。このような事態を以て「日本軍が『集団自決』を命令した」というのが日本語の当然の用法です。

 また、文科省は「軍の直接的な命令」の有無を問題にしますが、もともと「日本軍が住民に直接に『集団自決』せよという言葉ではっきり言って命令した」から「日本軍が『集団自決』を命令した」と言っていた訳ではありません。上記のような日本軍の命令・行動があったから「『集団自決』は日本軍の命令によるものだ」と言われてきたのです。

 「軍の直接的な命令」の有無を問題にすること自体が、「日本軍の命令・強制による『集団自決』」ということの意味を理解していないことを意味するのであり、このようなことを問題にする者の理解力・学力が強く疑われなければなりません。

 その上、27日の日本共産党の文科省への申入れに際して、日本共産党の「軍が命令を出さなかったという根拠はどこか」との質問に対して、応対した布村幸彦審議官は「すべてについて断定できない」と繰り返すだけで、何ら根拠を示すことはできませんでした。

 文科省は「集団自決に軍の直接的な命令はなかった」と言い張りますが、文科省がそう思い込んでいるだけで何ら根拠のないことなのです。

 去る11月2日に東京地裁は、東中野修道氏「の解釈はおよそ妥当ではなく学問研究の成果に値しない」と断じましたが(11月6日の記事)、「日本軍の命令・強制」を否定する意見も人々も、何ら真面目な検討に値しない、ただひたすら有害・反社会的なものとして、日本社会から放擲・排除されるべきものでしかありません。このような放言と人々を日本社会から根絶することこそが日本人の崇高な義務なのです。

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2007年12月26日 (水)

沖縄戦「集団自決」教科書検定問題、文科省が検定意見を堅持し、「軍強制」を認めず

 やはりあくまでも検定意見に固執し、沖縄戦の事実を偽る立場を堅持しました。「強制」という言葉をどうしても使わせないことに文科省が頑固にこだわり通しました。

 「集団自決」問題の核心は「日本軍の強制」ということです。これを認めないというのが今春示された文科省の意思でした。今回もこの意思・立場を改めませんでした。「集団自決」の被害者自身はもちろん、また学問研究の成果も認めている真実に対して、文科省はあくまでも自らの政治イデオロギーを押し通し、押しつけようとしています。

 このような理不尽な政治を許してはなりません。朝日電子版は「沖縄戦の集団自決、検定意見を事実上修正」との見出しで報じていますが、このような中途半端な甘い認識は許されません。

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 琉球新報と沖縄タイムスの号外にリンクしておきます。

「2007.12.26.(琉球新報)「軍強制」認めず01」(PDF)

「2007.12.26.(琉球新報)「軍強制」認めず02」(PDF)

「2007.12.26.(沖縄タイムス)「軍が強制」認めず01」(PDF)

「2007.12.26.(沖縄タイムス)「軍が強制」認めず02」(PDF)

2007年12月20日 (木)

韓国大統領選、イ・ミョンバク(李明博)氏当選

韓国大統領選の最終結果(産経電子版)
候補者 所属政党 得票 得票率
李明博 ハンナラ党 11,492,389 48.7%
鄭東泳 大統合民主新党 6,174,681 26.1%
李会昌 保守系無所属 3,559,963 15.1%

 有権者数は3,765万人、投票率は63・0%(前回70・8%)で、過去最低となった韓国大統領選挙。軍政時代からの与党であるハンナラ党のイ・ミョンバク(李明博)氏が当選しました。イ・ミョンバク(李明博)氏の得票は、2位以下と530万票以上の差で、1987年の直接投票制導入以来最大の票差、同氏の得票数、得票率はいずれも、前回2002年にノ・ムヒョン(盧武鉉)氏が獲得した1201万4277票(同48・9%)に次ぐそうです。

 今朝の日経新聞は、「脱理念時代の『次善』の選択とでも言おうか。今回の大統領選は『保守か進歩(革新)か』という理念的対立軸が薄れ、生活改善が国民共通の関心事となった。決して理想的な国家指導者にはみえないが、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権よりはましだ―。盧政権の政策運営に失望した有権者の多くが政権交代を求め、李氏の経済手腕に韓国の将来を託した」と報じました。

 ともかくこの5年間のノ・ムヒョン(盧武鉉)政権の間に、韓国の格差と貧困は恐ろしく拡大しました。現大統領の与党・民主党自身が「非正規職の比率は20%台から50%に膨らんだ」と言うほどであり、若者層の失業率は7%台に達して、大学卒業生の2人に1人が就職できないほどになりました。年5%前後の経済成長率を続けているにもかかわらずです。

 これは、ノ・ムヒョン(盧武鉉)政権の下でもいわゆる新自由主義的政策を続けてきたからです。

 今回の投票率の低下と、イ・ミョンバク(李明博)氏の当選は、徹底的に追い詰められた韓国民の選択でしょう。ともかく経済を、生活を何とかして欲しい。

 ところが、このイ・ミョンバク(李明博)氏も、あれこれ経済政策を掲げていますが、「7%の経済成長」と共に、やはり「法人税などの減税と規制緩和推進」といった新自由主義的政策ををその中核的な政策としています。

 これで本当に韓国民の生活が改善されるのでしょうか。

 問題の解決を政権交代に求めた韓国民ですが、新自由主義的政策からの転換こそが問題解決の鍵ではないか、僕はそう思います。

 イ・ミョンバク(李明博)氏が大統領になっても、この転換がなされない限り、韓国民の生活は改善されず、韓国の経済問題と共に政治も揺れ続けるのではないかと思われます。日本の政治と共に注目していきたい。

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2007年12月19日 (水)

安藤たい作ニュース48号「皆が笑顔になれる放課後づくりを。一般質問報告(中)『留守家庭児も障害児も安心して通えるすまいるスクールへ改善を』」

Andounews0048    「安藤たい作ニュース48号」(PDF)

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2007年12月18日 (火)

ベネズエラ憲法改正国民投票、その後―日本にも求められる「国民の意思に基づく政治」(追加)

 12月2日に行われたベネズエラの憲法改正国民投票は、投票率が約56%で結果は以下のようなものでした。

2007年12月11日(火)「しんぶん赤旗」

憲法改正国民投票の最終結果

 ベネズエラの全国選挙評議会が七日に発表した国民投票の最終結果は、以下の通りです。投票は二つの部分に分けて行われました。

【ブロックA】賛成49・34% 反対50・65%

【ブロックB】賛成48・99% 反対51・01%

 2006年12月3日の大統領選挙では、投票率が74・97%、得票(率)がウーゴ・チャベス7,161,637票(62・89%)、マヌエル・ロサレス4,196,329票(38・85%)ですから(データはここここ)、大雑把に言って、大統領選で700万対400万だったものが、今回の国民投票では400万対400万になったことになります。

 この結果とその後のベネズエラ政府の対応によってベネズエラ政治にもたらされた最大の成果は、チャベス大統領の進めてきた「国民の意思に基づく政治」がさらに大きく前進したことだと思います。

 一方で、チャベス大統領が小差の敗北を受け入れ、さらには「反省と自己批判をはじめ」、他方、チャベス反対派からも、投票結果は「排除や特権のない民主的変革の始まりを特徴付ける」と指摘されたり、「すべてのセクター(部門)がどういう国をめざすかを一緒に議論する機会だ」、「政府と話し合い、社会と国民全体に役立つ国のモデルづくりを進める用意がある」という声が上がったりしているからです。

 日本の政治が、あくまでも「国民の意思」に逆らい、「アメリカの意思」や「財界・大企業の意思」に従おうとしているのとは180度異なります。

 この点において、日本の政治もベネズエラの政治を模範として欲しいものだと思います。

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(追加)

 それにしても、憲法改正案について勝手な推測により素朴な感想を述べるなら、この改正案の眼目は下に引用したリストの6番にある「地区住民評議会を中心とする人民権力の創設」にあったのではないかと思えます。

 ところが、実際には、1番の「社会主義」という用語や2番の「大統領の再選規制の撤廃」に議論が集中し、肝心の「人民権力の創設」はほとんど理解されなかったのではないかと思います。

 「人民権力の創設」に眼目があったと思うのは、もともと社会の変革は少数の政治家によって成し遂げられるものではなく、大多数の国民が現実に変革に参加しない限り成し遂げられないものですし、このことをチャベス氏は理解しているのではないかと推測されるからです。

 変革をサボタージュし汚職する、国・地方・企業の役人や幹部たちの力を削り、国民自身に力を与えて、国民自身の手で国民の利益になる変革を推進していく、これがチャベス氏が持つ変革のイメージであり「社会主義」のイメージだったのではないかと思います。しかも、これと結びつく形で、リストの2番、3版、4番にある大統領の地位・権限の強化があったのではないか。

 しかし、この改正案は国民に受け入れられませんでした。今後は、下に引用するしんぶん赤旗の連載記事にある集団指導体制の確立、また統一社会主義党の発展という形で、この変革のイメージが追求されていくのではないかと思います。

2007年12月2日(日)「しんぶん赤旗」

憲法改正案 目的と内容
(引用に当たって連番を振りました-saru注)

 ベネズエラ憲法改正案の目的と主な内容は以下の通りです。

【目的】

1、資源の貧困層向け再配分を強める。

2、住民の直接的な発言力を保障するため政治権力を分散化させる。

3、発展と民主主義のため、平等で新しいモデルの法的基盤を整備。

【主な内容】

1、ベネズエラの社会経済体制は社会主義、反帝国主義、人道主義を基本とする。

2、大統領任期を六年から七年に延長。連続再選は一度とする再選規制を廃止。

3、公職の罷免投票制度は維持。実施に必要な署名数を選挙人の10%から20%に引き上げる。

4、大統領が宣言する非常事態時に知る権利を制限。

5、選挙権を十八歳から十六歳に引き下げる。

6、地区住民評議会を中心とする人民権力を創設。地方自治体は問題解決のために国家資産を活用できる。

7、私有財産権は引き続き保障。ただし正当な理由が認められる場合は、適切な補償をしたうえで政府が接収できる。

8、社会計画や人道的開発の推進のため、中央銀行の自律性を制限し政府の管理下に置く。

9、社会的利益に反する大土地所有は禁止。天然資源は国家の所有とし、国営石油会社の民営化は、部分的であっても認めない。

10、一日の法定労働時間を八時間から六時間に短縮。

 ベネズエラの国民投票後の動きを伝えるしんぶん赤旗の記事を引用しておきます。

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2007年12月17日 (月)

映画「皇帝のいない八月」

 山本薩夫さんの映画に惹き付けられて、また見てしまいました。今となってはこういうクーデターがあり得るのかなとも思いますが、まずまず楽しめました。

 映画の評価ではないのですが、こういうクーデターに走る人間というものは、自分の観念的幸福を追い求めるだけでも平気でいられる、極端な自己中心ないし自己愛主義者であり、他人との関係を広げ、深めていくことによって本来的に社会的存在である人間へと完成していくという人生の核心的課題を極端に怠っている、どうしようもなく怠慢でエゴイスティック、つまりは傲慢さと私益の追求への執着だけが一人前の、つまらない人間なんだなということを、改めて想起・確認してしまいました。

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葛飾ビラ配布事件、マスコミ各紙に諫められる池田修裁判長の東京高裁判決

 12月11日の東京高裁判決(池田修裁判長)にマスコミ各紙から様々な懸念が表明されています。あのような荒っぽい事実認定、法解釈では当然だと言えます。僕には池田修裁判長の政治的イデオロギーによって出された判決だとすら思えます。

 他のブログを見ると、「マンション管理の立場から」として、問題点をはぐらかした感情的な、各ブログ同一内容のコメントもあります。問題を真面目に考え、きちんと解決しようという立場からのものではなく、自分の感情だけを振りかざし、その感情を害するものはすべて処罰しろといった類の無責任なコメントです。

 このような一時の感情に駆られて無責任な行動に走ることを自らに戒めたく、自分のための資料として、各紙の社説をまとめて伝える今朝のしんぶん赤旗の記事と、その元となる各紙の社説を引用しておきます。

 また、この裁判を支援する「ビラ配布の自由を守る会」のHPはこちら

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2007年12月17日(月)「しんぶん赤旗」

各紙社説
常識欠いた判決 表現の自由守れ

 葛飾ビラ弾圧事件でビラを配った荒川庸生さん(60)にたいし、「住居侵入罪に当たる」と罰金五万円の有罪にした東京高裁判決に、新聞各紙の十三日付社説は、いっせいに批判的見解を表明しました。

 「政治の自由を奪うまい」との見出しを掲げたのは「東京」。「宅配食品や不動産などの数々の商業ビラの投函は、日常的なことである」として、チラシの投函を禁ずる張り紙があったことを「有力な根拠」に有罪とした判決に「まるで平穏の価値が“金科玉条”となって、表現の自由という大きな価値を押さえつけた印象だ」と疑問を投げかけます。

 「注意が必要」として、「反戦ビラの配布や国家公務員による政党ビラ配布で、有罪判決が続いている」ことを指摘。「言論を発露する一手段としてビラはある。民主主義の根幹は、その自由を保障することにある。もし、取り締まりに政治的意図があるのなら、“微罪”にくるんだ『言論封じ』といわれても仕方がない」と言論封じへ警告を発しています。

 「朝日」は「常識を欠いた逆転判決」と批判しています。「ビラ配りに住居侵入罪を適用することは、まだ社会的な合意になっていない」とした一審判決の方が「うなずける」とし、「住職の行動が刑罰を科さなければならないほど悪質なものとはとても思えないからだ」とのべています。

 自衛隊のイラク派遣反対のビラを防衛庁官舎で配って住居侵入罪に問われた事件も、東京高裁が一審の無罪判決を取り消し、罰金刑を言い渡しています。このことにもふれ、「表現の自由への目配りを欠いた判決が高裁で相次いでいることは心配だ」とのべ、「常識に立ち戻った判断」を最高裁に求めています。

 「毎日」は、「ビラは小さな声を多数に伝えるために手軽で有効な手段だ。民主主義社会では表現の自由の一環として、ビラ配りの自由が保障されるべきことを改めて共通認識としたい」と表明。「自分の意見と異なるビラや不要な広告を配られるのは迷惑だとしても、社会全体の利益を優先し、表現の自由を守るために受忍する姿勢が求められる」としています。

 琉球新報は十四日付社説で「言論の『不自由』が加速しそうな判決だ」と憂慮を表明。「政府に批判的な活動に対する『弾圧』的な印象を与える」と「弾圧」の文言を使い、最後にこう訴えています。「特高警察が横行した言論の不自由な時代が日本にはあった。ビラ配りの有罪判決が、言論封殺の新たな戦前回帰につながることがないよう、司法判断を注視したい」

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2007年12月14日 (金)

葛飾ビラ配布事件、池田修裁判長の判決は「へ理屈」で「恣意的」、「声の小さな人たちがますます声をあげられなくな」り、「だれもがいつ被害にあうか分からない」

 12月11日の東京高裁判決(12月12日の記事)は、本当にいいかげんなものでした。裁判官(池田修裁判長)が時の権力に媚びを売ったものとしか思えません。池田修さんはこの17日から東京地裁の所長に決まっていたんですね(ここを参照、その他ウィキペディアでも経歴を見ることができます)。

 これに関して、今朝のしんぶん赤旗に主任弁護人の中村欧介さんのインタビューが載っています。問題点を的確に指摘されていると思いますので引用しておきます。インタビューに出てくる「ビラ配布の自由を守る会」のHPはこちら。また、以下のブログ記事にもリンクさせていただきます。お読み下さい。

アフガン・イラク・北朝鮮と日本(12月13日)「こんな御用判決なら九官鳥で全て事足りる」

情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)(12月14日)「政党ビラまき東京高裁逆転有罪判決を下した裁判官に問う! パート2」

情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)(12月12日)「政党ビラまき東京高裁逆転有罪判決を下した裁判官に問う!」

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2007年12月14日(金)「しんぶん赤旗」

不当性を国民的関心に
葛飾ビラ弾圧判決 中村欧介主任弁護人に聞く

 葛飾ビラ配布弾圧事件で十一日、東京高裁(池田修裁判長)は逆転有罪とする判決を出しました。主任弁護人の中村欧介弁護士に、判決の不当性を聞きました。

市民の感覚からかけ離れている

 東京高裁は、ボスティングというごく日常的に行われていることを犯罪としました。荒川庸生さんは、たまたまの巡り合わせで被告席にいるのであって、だれもがいつ被害にあうか分からないわけです。弁護団も自らの問題として、気を引き締めて最高裁でのたたかいに挑んでいきたいと思います。

 高裁がここまで憲法や市民の感覚からかけ離れていることに正直驚いています。

 判決は住民の「知る権利」について、「ドアポストへの投函(とうかん)以外の方法でビラを配布することは可能」「個別の住民の許諾を得た上で、そのドアポストにビラを投函するために立ち入ることは禁止されていない」などといいます。これはビラというものがどういうものか、本当の意味で分かっていないことを示すものです。憲法に対する認識の低さばかりか、常識的にはへ理屈に属するものです。

 頼んだり、注文したりして持ってきてもらうのはビラではないし、マンションの前で待ちかまえて配る方が異常です。そんなことも知らないとは思えません。分かっていながらこういう判決を書くというのは、やはり恣意(しい)的なものを感じます。

 人間社会の常識では、ふつうトラブルが起こった場合、当事者間でよく話し合って解決し、裁判ざたにならないようにするというのが世間の知恵といえます。判決は、それすら排除してかまわない、ビラでも何でも嫌なものがきたら警察を呼んでつかまえてもらい、裁判にかければいい、荒っぽくいえばこういうことでしょう。

 今回の判決が、言論や政治的・市民的活動を委縮させる効果をもたらすことが懸念されます。問題は委縮効果をうける人たちとはだれかということ。それは、ビラを作成し、直接人と人との間で情報を伝える手段に頼らざるをえない人たちです。声の小さな人たちがますます声をあげられなくなる、そういう危機感を持たなければならないと思います。

 財力がありダイレクトメールをどんどん送れるような人たちや、議会で多数派を握るような力のある人は痛くもかゆくもないでしょう。

警察の違法な捜査も問いたい

 今度は最高裁が舞台です。二審ではわれわれの主張を全否定されたわけですから、批判することは山ほどあります。言論表現の自由を規定した憲法二一条に基づく主張はもちろんですが、警備公安警察・検察の違法な捜査も、正面にすえて問いかけたい。

 これまで一審、二審を通して、荒川さんを支援する「ビラ配布の自由を守る会」をはじめ、大きな支援の輪がひろがりました。毎回の公判で傍聴席をいっぱいにし、署名活動をはじめ裁判官に直接手紙をおくる運動もしました。これは裁判官の心証を形成していくうえでも大きな意味があったと確信しています。

 民主主義を守るたたかいです。黙っていたら負けです。今後も、より多くの人に支援運動に参加していただき、国民的な関心にしていくことが必要だと思います。

2007年12月13日 (木)

「消えた年金」、また「選挙目当ての軽口」だったのか!

 大の大人が、しかも日本の政治の最高責任者が、嘘をつくにしても、言い訳をするにしても、いくら何でももっとましにやれないものか、あきれるばかりです。

 政府の約束は、「5,000万件すべて年金受給に結びつける」というものでした。ところがその4割近く(1,975万件)もが不可能・困難だと言い始めたのです。その上、そんな約束はしてないと。

 日本共産党は当初から、年金記録を直ちにすべての加入・受給者に送り、国民の協力を得て記録修正作業を進めるべきだと主張してきましたが、なぜかそれを政府は拒み続け、この事態を招きました。

 今からでもやれます。事態の全容と責任の所在をはっきりさせると同時に、なぜ政府には解決ができないのか、なにが欠陥なのか、どうしたら解決できるのかについて衆知を集めるべきです。文字通り最後の1人にいたるまで責任をもって解決すべきで、それをやらない限り、政治が国民に対して責任を果たしたことになりません。

 ごまかし、言い訳をするのに必死になるのではなく、責任を果たすのに必死になるべきです。

 新テロ特措法では、あれだけアメリカ政府に対して責任を果たそうとしているのに、年金では、日本国民に対する責任を放り投げようとしているこの日本政府を許す訳にはいきません。

 日本政府は、日本国民に対して責任を負っているのであって、アメリカ政府に対して責任を負っているのではないのです。

 ごまかしたり言い訳をしたりして責任を逃れたいなら、「新テロ特措法は困難・不可能だ」とアメリカに対してすべきでしょう。

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 7月の参院選での政府・与党の公約と、今の責任逃れの発言を並べて引用し、しんぶん赤旗の記事にリンクしておきます。

参院選公約では

■参院選直前

安倍晋三首相「最後のお1人に至るまで、すべて記録をチェックし、保険料をまじめに払っていただいた方々に正しく年金をお支払いしていく」「1年以内に名寄せを行い、突き合わせをおこなう」((7月5日、通常国会終了後の記者会見)

公明党の浜四津敏子代表代行「1年以内にこの問題を解決する」(7月22日、大阪市)

公明新聞「必ずやります」「1年以内に名寄せを完了」(6月21日付)

■安倍改造内閣発足後

舛添要一厚生労働相「最後の1人、最後の1円まで頑張ってやるということを公約として申し上げました」「まさに公約を果たしたい」「それは全力をあげて命がけでやらないといけない」(8月28日、記者会見)

それが一転

福田康夫首相「解決するといったかな」(12月11日)

町村信孝官房長官「選挙中ですから、ある程度こう、簡略化して物をいってしまっているところが確かにあった」(同)

舛添厚労相「3月が終わればすべて年金問題がばら色の解決ができて、全部終わっているという誤解があったんだろう」(同)

(12月12日付)年金 特定困難1975万件/「最後の一人まで払う」と政府公約/首相「解決するといったかな」

(同)年金 特定困難1975万件/「国民への裏切り」/小池政策委員長が批判

(12月13日付)国民の立場で追及/「消えた年金問題」で穀田氏

(同)年金問題/内閣の責任追及へ/野党国対委員長が一致

(同)「消える年金」/消せない発言

安藤たい作ニュース47号「コスト論で地域から学校なくすな。一般質問報告(上)『「小規模校は問題」とレッテル貼り、非公開で進める学校統廃合はやめよ』」

Andounews0047    「安藤たい作ニュース47号」(PDF)

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2007年12月12日 (水)

葛飾ビラ配布事件、東京高裁が違法弾圧を追認―東京高裁2007年12月11日・池田修裁判長(追加)

 こういう行為を刑罰を以て禁圧しなければならないのでしょうか?

 被告人の荒川庸生さんは、マンションのドアポストに日本共産党の議会報告と区民アンケート用紙を配っていた訳ですが、このマンションの住民はこの行為に刑罰を科してまで禁止して欲しかったのでしょうか?

 こういう行為をしたら、警察に逮捕され、23日間拘置され、10万円の罰金を求刑され、数年に渡る裁判を強いられ、結局5万円の罰金を科されなければならないのでしょうか?

 このような結果は明らかに社会常識に反するでしょう。ましてや民主主義社会の根幹をなす政治活動・政治言論に関わることですからなおさらです(憲法21条)。

 裁判所は法の支配を実現することをその根本任務とする国家機関です(憲法81条)。それが人の支配・実力組織たる警察の支配を追認するようでは、裁判所の存在意義は全くありません。

 時の権力・実力組織に媚びへつらう池田修裁判長はそもそも裁判官として失格と言うべきです。このような裁判官が最高裁判所からは重用されるのでしょうか。これからの彼の経歴にも注目しておく必要があります。

 事件・裁判自体については2006年12月9日の記事を参照してください。

 (12月13日追加)後プレカリアートさんの以下の記事が常識的な感覚で書かれていていい感じなのでリンクさせてもらいます。僕ももう何年もマンションに住み、管理組合の理事も何年もやっているので、その感覚から僕が言いたいと思うことをよく書いてくれてます。

アフガン・イラク・北朝鮮と日本「こんな御用判決なら九官鳥で全て事足りる」

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映画「華麗なる一族」、「金環食」、「不毛地帯」、「忍びの者」、「続・忍びの者」

 最近、「山本薩夫監督特集~ザッツ〈社会派〉エンタテインメント~」という催しがあったので、刺激されて何本かレンタルして見ました。

 山本薩夫さんの映画は、なくなった直後にどこかで特集上映されたのを見て以来です。

 確かに「〈社会派〉エンタテインメント」です。どれも面白い。面白い物語と引き締まった展開で最初から最後まで楽しませます。

 この5本の中では、「不毛地帯」と「忍びの者」が特に楽しめました。

 これから他のものも全部見てしまいそうです。

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映画「恋愛小説家」

 中年のラブコメディ。見ていて温かい気分になる気持ちの良い映画。ジャック・ニコルソンはもともと好きな俳優ですが、相手役のヘレン・ハントも魅力的。

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2007年12月 8日 (土)

沖縄戦「集団自決」、軍の命令・強制を偽り続ける検定審議会

 昨日から報道されていますが、数々の証言、しかも新しい証言までありながら、教科用図書検定調査審議会は、検定意見の誤りを認めて撤回することをしない態度を表明しました。

 このような人々のどこが専門家であり学者なのでしょうか。そんな資格は全くないものとして審議会委員から解任されるべきですし、「日本軍による日本人の大量殺害行為」を事実を偽って否定するなど、そもそも重大な反社会性を持った人物として社会そのもから排除されてしかるべきものです。

 一般に暴力団の関わる殺人事件について、親分が子分に「殺してこい」などと明言することなどありません。目で合図するなどの行動を取ります。裁判ではそれを親分が命令したと認定します。親分は当然殺人罪の共同正犯です。そういう認定もしないような裁判官は当然裁判官失格です。自決用と言って手榴弾を配っておいて命令はなかったなどとはとうてい言えるものではないのです。

 「日本軍による日本人の大量殺害行為」をあくまでも偽ろうとするなど、殺人の共同正犯に匹敵するものとして処遇されるが当然と言うべきです。

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 今朝のしんぶん赤旗の記事を引用しておきます。

2007年12月8日(土)「しんぶん赤旗」

沖縄戦「集団自決」
検定意見撤回拒む
審議会が「指針」 「軍の命令」認めず

 沖縄戦「集団自決」についての高校日本史教科書の記述に対し文部科学省が検定で「軍の強制」を削除させた問題で、教科用図書検定調査審議会(文部科学相の諮問機関)は七日までに、訂正申請をした教科書会社に対し、「集団自決」の背景を書き込むなどの「指針」を文科省を通じて示し、再申請を求めました。

 この問題では、日本史教科書を発行している六社が「集団自決」における軍の強制性を明記した訂正を申請しています。

 関係者らによると、文科省は各社の担当者を呼び、口頭で「指針」を伝えました。同省は、「軍が『集団自決』を直接命令した事例は確認できない」とし「軍の命令」との表現は認めないとしました。同時に、「集団自決」には複合的な要因・背景があったことを書き込むよう求めました。

 具体的には、軍が手りゅう弾を住民に配ったり、壕(ごう)から追い出したりしたこと、皇民化教育や捕虜にならず死ななければならないという感情を植え付けられたことで、住民が「集団自決」に追い込まれたことなどを記述するよう求めました。「日本軍の強制」などの表現が認められるかどうかについては説明がなかったといいます。

 文科省は検定意見撤回は拒否しており、検定審議会でも「強制や命令といった一面的な記述は妥当ではない」という意見が大勢だといいます。

 これについて沖縄県議会の仲里利信議長は「日本軍という主語や強制などの言葉を抜くことで、あいまいな表現に修正するのは到底許されない」と懸念を示しました。仲井真弘多知事も同日の県議会本会議で「県としては検定意見の撤回と(削除された)記述の回復がなされることを期待している」と答弁しました。

 審議会は年内に結論を出す予定です。

事実と違うなぜ認めぬ

 「沖縄戦の歴史わい曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会」の山口剛史事務局長(琉球大学准教授)の話 文科省は「軍の命令については断定できない」として、軍強制削除の検定意見をつけました。今回の「指針」はその枠から一歩も出ていません。県民の怒りや証言を再検証したものとはいえません。

 「集団自決」(強制集団死)は日本軍の強制・命令・誘導・強要によって引き起こされました。それを記述の中心にすべきです。手りゅう弾を配ったことを「複合的要因」の一つとして書けといいますが、手りゅう弾の配布は軍の命令があった証拠なのに、それがあいまいになってしまいます。「日本軍」を主語にした記述が認められるかどうかもあいまいです。

 沖縄県民は検定意見が事実と違うから怒っているのです。審議会はこれをまったく受けとめていません。騒がれたからちょっと手直しをして逃げようという姿勢です。誤りを認め、検定意見を撤回するよう求めていきたいと思います。

2007年12月 5日 (水)

ベネズエラの憲法改正案否決に思うこと―付録

 今朝のしんぶん赤旗に収録されていた、憲法改正案否決を受けたチャベス大統領の演説をクリップしておきます。

 今回の事態を「成熟」の問題と捉え、変革の基礎は国民の意思にあることを確認した上で、「道徳的な勝利」を勝ち取っていくことを課題とし、具体的には「1999年の憲法が認めている施策の中で、政治的枠組みを築」くことを呼び掛けていることが重要だと思います。

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2007年12月5日(水)「しんぶん赤旗」

ベネズエラ
“もっと成熟が必要”
大統領 社会主義、今後も探求

 【カラカス=松島良尚】ベネズエラのチャベス大統領は三日の国営テレビの電話インタビューで、自身が提案した憲法改正案が前日の国民投票で否決されたことについて、「われわれは何も失っていない。責任の追及はしない。おそらく公然と社会主義プロジェクトを開始するほどわれわれは成熟していないということだ」と述べました。

 同時に、「もっと成熟し、自分たちの社会主義を建設し続けなければならない」と語り、今後も社会主義へのプロセスを探求していく姿勢を明確にしました。

 また、国民投票の結果を分析、教訓化する重要性も強調。反対派が昨年の大統領選で得た四百三十万の野党候補票を維持したのに対し、賛成派は当時のチャベス票より三百万票減らしたと指摘しました。大統領は、国民投票の結果判明後にアルゼンチン、エクアドル、キューバ、ニカラグアの各首脳から激励の電話を受けたことを明らかにしました。

チャベス大統領の国民向け演説(要旨)

 ベネズエラのチャベス大統領が三日、国民投票の結果を受けて行った国民向け演説の要旨は以下の通りです。

 私の提案に賛成票を投じた人々、反対票を投じた人々に、私は感謝するし、彼らを称賛したい。

 政治的に成熟しよう。われわれは民主主義のなかで生きているという民主主義的な確信を持って今後の過程に向き合おう。ベネズエラ国民は全面的な自由、憲法が保障する自由を享受している。

 私は、今回の提案のコンマ一つたりとも撤回しないということを知ってほしい。この提案は生き続けるし、死んではいない。

 (投票結果で)前進が止められたわけではまったくない。投票者の49%が社会主義の建設に賛成したという事実は、巨大な政治的飛躍だ。私を信じる人は自信を持ってほしい。私にとっては、まったく敗北ではない。「さしあたりの」敗北だ。

 一九九九年の憲法が認めている施策の中で、政治的枠組みを築きながらたたかいを続けよう。

 私は常に国民の声を聞いてきたし、ベネズエラ・ボリバル共和国の建設を続けるために、これからもすべての国民の考えに常に耳を傾け続けるだろう。

 この革命の提案は強化され続けるだろう。困難な時期、厳しい時期にも問題に取り組むことができる。別の機会には明らかな敗北を道徳的な勝利へと転換させたことがあるし、その道徳的な勝利は、後に政治的勝利になったのだ。

ベネズエラの憲法改正案否決に思うこと

 ベネズエラで、チャベス大統領提案の憲法改正案が小差で否決されました。2日付のしんぶん赤旗によれば、その改正案は以下のようなものです。

2007年12月2日(日)「しんぶん赤旗」

憲法改正案目的と内容
(引用に当たって連番を振りました-saru注)

 ベネズエラ憲法改正案の目的と主な内容は以下の通りです。

【目的】

1、資源の貧困層向け再配分を強める。

2、住民の直接的な発言力を保障するため政治権力を分散化させる。

3、発展と民主主義のため、平等で新しいモデルの法的基盤を整備。

【主な内容】

1、ベネズエラの社会経済体制は社会主義、反帝国主義、人道主義を基本とする。

2、大統領任期を六年から七年に延長。連続再選は一度とする再選規制を廃止。

3、公職の罷免投票制度は維持。実施に必要な署名数を選挙人の10%から20%に引き上げる。

4、大統領が宣言する非常事態時に知る権利を制限。

5、選挙権を十八歳から十六歳に引き下げる。

6、地区住民評議会を中心とする人民権力を創設。地方自治体は問題解決のために国家資産を活用できる。

7、私有財産権は引き続き保障。ただし正当な理由が認められる場合は、適切な補償をしたうえで政府が接収できる。

8、社会計画や人道的開発の推進のため、中央銀行の自律性を制限し政府の管理下に置く。

9、社会的利益に反する大土地所有は禁止。天然資源は国家の所有とし、国営石油会社の民営化は、部分的であっても認めない。

10、一日の法定労働時間を八時間から六時間に短縮。

 このうち、5番は野党も賛成するもので何ら問題なく、7番は日本国憲法29条に相当するもので当然の規定です。9番も、日本でも第2次大戦後すぐに地主制が解体されたこと、中南米では大土地所有が問題視されてきたことを考えれば、十分肯けるものです。10番は国民から歓迎されていたそうですから問題ないでしょう。

 8番は、独特のものですが、ここでは無視しておきます。

 報道から推測するに、改正反対派が問題にしていたのは、1番~4番、特に1番の「社会主義」をあらゆる私有財産の剥奪と宣伝し、2番を「独裁権力の強化」とか「永久権力のねらい」と批判し、4番を民主主義の大きな問題だと批判しました。

 これに対し、チャベス大統領が言う「社会主義」とは、6番を中核として5番~10番のような内実を言うものだと思われます。だとすれば、先に述べたようにさほど問題のあるものとは思えませんし、反対派も少なくとも中心問題とはしませんでした。反対派は「社会主義」を私有財産の剥奪と勝手に見なして大規模に宣伝したようですが、これは完全なデマであり、むしろ国民投票の公正を損なうものとして規制されてしかるべきものでした。

 そうすると、反対派の言う改正案の問題点のうち真面目に考慮されるべきものは、2番、3番、4番ということになります。

 ただ、2番については、「独裁権力」とか「永久権力」といった批判は言い過ぎで成り立つものではありません。任期が長くても、再選が許されても選挙が保障されているからです。

 3番については、たぶん2004年8月15日の大統領リコールの国民投票のような事態を防ぎたいというものなのでしょう。このときは、選挙人の10%の署名でリコールが成立しながら、国民投票の結果はチャベス大統領が58%の支持を集めてリコールが否決されたからです。

 4番については、2002年4月11日に発生し、2日で崩壊したクーデターのとき、マスコミがクーデターに積極的に加担し、その後も何ら反省せず、また法的に規制されないままになっているという歴史と実情があることが想起されねばなりません。

 もちろん、2番、3番、4番については、一般論としては考えねばならない点があります。

 しかし、この間のベネズエラの実際の政治の流れの中では、それなりの根拠があることも考えられねばなりません。

 少なくとも、今回の改正反対派は、この改正を余儀なくさせた張本人たちであることは十分考慮されるべきでしょう。

 それでも、ベネズエラ国民は改正反対を選択しました。何だかベネズエラ国民の力強さを見せられたような気がしますチャベス大統領が追い詰められたような報道が圧倒的なようですが、僕にはその逆のように感じられてなりません

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 しんぶん赤旗の記事を引用しておきます。

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2007年12月 4日 (火)

自民党幹事長経験者「この間、自民党の政策が連立が原因で進まないということはなかった」

2007120302_04_0  考えてみれば、自民党はもう13年間も単独で政権を握れていないんですね。昔の自民党も小さい頃のかすかな記憶として残っている僕としては少々不思議な気もします。

 自民党が主役となって進めてきた、アメリカと財界に二重に追随する「自民党政治」というものが、質的に衰弱し、今以て盛り返せないということだと思います。

 国民に信を問うても往年のようには支持されず、国民から切断された国会の中で必死で議席をかき集める以外無い訳です。

 先日の民主党との、密室談合による大連立の策略は、この「自民党政治」の「衰弱」が、質的にさらに深まったものと見ざるを得ません。

 小沢民主党代表は、民主党の政策を実現するためだと、一貫して言い訳していますが、表題に引用した自民党幹事長経験者の言がすべてを物語っていると思います。

 曰く、「自民党の議席が足りないので連立政権を求めざるを得ない。しかし、この間、自民党の政策が連立が原因で進まないということはなかった」

 さらに三役経験者は以下のように語ります。

 「連立には高くつく連立と安くすむ連立がある。一番安上がりだったのは自社さ連立のときだった。連立与党で政策協議を重ねていけば、通るものはすべて通った」

 他方、高くついている連立政権として、自公連立政権を挙げながら、「公明党は、連立政権に入った『実績』と宣伝したいために、弱者向けの政策をいろいろ求めてきた。七千億円以上のバラマキ・冗費といわれた地域振興券は、自民党への協力費として公明党の言い分を聞き入れたものだ」

 自民党との連立や政策協議は、「自民党政治」の延命にしかならない、これがこの13年間の経験の物語る所です。

 今求められているのは、アメリカと財界の意思を実現する「自民党政治」ではなく、国民の意思を実現する「新しい政治」です。

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 自民党の連立政権の歴史をまとめたしんぶん赤旗の記事を引用しておきます。

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日本国民は、アメリカ言いなりの「自民党政治」が押しつける「米軍再編」を許さない

 12月1日、岩国市で開かれた「国の仕打ちに怒りの1万人集会in錦帯橋」に目標を超える1万1,000人が集まりました。2日には、座間で開かれた「戦争司令部ノー 爆音も原子力空母もゴメンだ! 12・2首都圏大集会in座間」に2年前の集会を上回る1万3,000人が集まりました。

 「米軍再編」の最終合意がなされたのは、2006年5月1日ですが、それから1年半経つ今になっても、(1)沖縄での新基地建設、(2)岩国への空母艦載機移転、(3)横須賀への原子力空母配備、(4)座間への新戦争司令部移転などの主要な計画で、地元自治体や住民の合意を得て進んでいる計画は1つもありません。

 「米軍再編」が、アメリカの意思の実現に過ぎず、日本国民の意思に反するものだからです。「日本国民の意思を実現する政治」が求められています。

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 岩国での井原勝介市長、座間での志位和夫日本共産党委員長の発言、集会を報じるしんぶん赤旗の記事を引用しておきます。

2007年12月2日(日)「しんぶん赤旗」

岩国だけの問題ではない
1万人集会 井原市長の発言

 山口県岩国市で開かれた一日の「国の仕打ちに怒りの一万人集会」での井原勝介市長の発言(大要)を紹介します。

 岩国市は基地を撤去しようとまでは言っておりません。国にも国政にも協力しないといけないという考えで、基地に協力してきています。

 しかし、地域住民の生活、安心を守ることは基本的な問題です。今回の空母艦載機部隊移転だけは我慢できない。これが市民の痛切な思いだったと思います。それを端的に示したのが、あの住民投票です。岩国は圧倒的な意思を示しました。

 本来、民意は政治の場では重いものです。でもなかなか市民の声が届かないのが現実です。その後も一方的に再編が進められようとしています。

 あまつさえ、言うことを聞かないからといって建設中の市庁舎補助金を三年目にしてカットする。本当に信じられない強硬な措置がとられました。こんな非常識な措置、今までないのではないですか。

 国民の負託を受けて政治、国があるのです。「アメとムチ」で市民の意思を押さえつけようとする手法は、国が行う措置ではない。こんなやり方では不信感が高まるばかりです。米軍再編は国の安全保障と地域住民の安全・安心、これをいかに調整するか、バランスをとるかの問題です。お金、圧力で左右すべき問題ではない。「国の決めたことだから、くるものはくるから、それならカネをもらったほうがいい」という人たちがいますが、そんな市民をあきらめさせる政治は絶対にしてはいけません。

 私たちは豊かで、安心して、本当に平和に暮らせる、平穏な生活を望んでいます。そのためには一人ひとりが自由に生き方を決め、町の未来を選択できる真の民主主義の仕組みが必要です。

 岩国市民は住民投票を契機に、既存の政治に任せられない、自らの町の未来は自ら選択するという強い意思を示しました。

 市民の中から、庁舎の問題で岩国の心意気を示そう、カネが出ないなら自ら三十五億円集めようという自主的な動きが出ています。

 これは岩国だけの問題ではありません。全国どこでも起こりうる問題です。そうした観点で一緒に岩国とともに行動してほしいのです。

 こんなに大勢のみなさんが集まっていただいて、百万人の味方を得た思いで感激しています。十二月一日、きょうが、日本の自立した新しい民主主義の輝かしい第一歩になるんではと感じております。私は、この身を挺(てい)して頑張るつもりであります。

 あくまで市民を守るために、自らの手で新しい民主主義を勝ち取ろうではありませんか。

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映画「紀子の食卓」

 映画好きの友人に勧められて見ましたが、全くつまらない映画でした。現実に起こる諸現象の表面だけをすくい上げて、それを基に頭の中で勝手な観念を作り出し、勝手につなげていっただけのものです。抽象化することや抽象的に考えることと、勝手な観念を作り上げることとは別のことです。現実も問題も何も捉えられておらず、衝撃作でも問題作でも何でもありません。作品としての価値は全くないと思います。

 情報はこちら

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2007年12月 3日 (月)

生活保護・生活扶助基準を切り下げて貧困拡大を図る厚労省

 前の記事で書いたように(12月1日)、11月28日、「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護との整合性に配慮する」との文言を加えるだけで、最低賃金法が日本共産党の7名の参院議員以外の全議員の賛成で成立しました。

 その賛成の不見識が早速明らかになりました。厚労省が設置した「生活扶助基準に関する検討会」(樋口美雄座長)が、11月30日、生活保護の生活扶助基準を切り下げることを求める報告書をまとめたのです。具体的には、生活扶助基準を「国民の消費水準」から「低所得世帯の消費実態」に引き下げることを求めました。

 生活保護法は、「日本国憲法25条に規定する理念に基づき」「国が生活に困窮するすべての国民に対し」「その最低限度の生活を保障する」ことを目的としています(同法1条)。

 従って、今回の報告は、その時々の「低所得世帯の消費実態」こそが、「憲法25条の理念に基づく最低限度の生活」だと認定したことになります。

 さらに従って、改定最低賃金法により、その時々の「低所得世帯の消費実態」との「整合性に配慮」して最低賃金が決定されることになります。

 結局、その時々の「低所得世帯の消費実態」を作り出している「その時々の給料・収入」こそが、「最低賃金」であり、「生活扶助基準」であり、「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条)だということになりますから、「その時々の給料・収入」が国の政治によって上がることは絶対にないことになります。

 すなわち、生活に困った国民は暴動を起こせと言っているに等しい

 国民に暴動を扇動するとは、樋口美雄氏を始めとする学者さんも、この報告を「きちんと受け止め、第一歩としてこれをもとに作業していきたい」と述べる舛添要一厚労相も、稀代の大馬鹿者と言う以外無いでしょう。

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 これを伝えるしんぶん赤旗の記事を引用しておきます。

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2007年12月 1日 (土)

こんな労働契約法・最低賃金法では、貧困はさらに増える

 この28日、労働2法が成立しました。もちろん日本共産党は2法とも反対ですが、労働契約法は自民・公明に加えて民主党も賛成しました。最低賃金法は、この3党に加えて社民党も賛成しました。

 しかしながら、この2法に賛成するようでは、「国民の代表」とは言えません。

 今解決を迫られている根本問題は、拡大・増大する貧困をどう食い止め、かつ無くしていくかということです。生活保護水準にも達しないワーキング・プアと呼ばれる世帯が400万ないし500万にも上り、年収200万以下の労働者がついに1,000万を超えて1,023万人、22.8%にも上っています。その怒りと嘆きが7月29日の参院選での自民・公明の大敗北という形で現れるまでになりました。

 この根本原因が、ここ5年、10年の政府の雇用破壊政策と社会保障抑制政策にあることは、もはや誰の目にも明らかです。世界第2の経済大国、景気が回復したと言いながら、それと共に貧困が拡大・増大しているのですから、この雇用政策・社会保障政策の誤りはきわめて罪深い、重大なものです。

 今回の労働2法は、この政府の誤った政策が引き起こし、今も日々生み出している貧困に対抗して、貧困を減少させる実効的なものになっているか。

 まず、最低賃金法ですが、これは地域別に定める最低賃金が生活保護水準を下回らないよう「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護との整合性に配慮する」との文言を加えたと一般に報道されています。

 しかし、これだけでどうして最低賃金が抜本的に引き上げられるのでしょうか。貧困は減らせるのでしょうか。ここ数日生活保護の引き下げが厚労省で真剣に検討されているという報道がされています。ならば、最低賃金は引き上げられるどころか、引き下げられることになってしまいます。厚労省も生活保護基準と共に最低賃金が引き下げられる可能性をはっきりと肯定しています(11月7日の高橋千鶴子・日本共産党衆院議員への厚労省の答弁)。

 そもそも、最低賃金は労働者全体の賃金水準を引き上げるものでなければならず、そうである以上、全国一律最低賃金制の確立を基本とせねばなりません。ところが、今回成立した法律ではそれに逆行して地域別最低賃金を必ず定めるものとまでしているのです。地域別最低賃金なぞを導入しているのは、世界でわずか9カ国に過ぎず、圧倒的多数は全国一律最低賃金制なのです。

 さらに、最低賃金を定める基準につき、この法律は以前から「事業者の支払い能力」を盛り込んでいますが、そんなことを定めているのは、OECD30カ国中、日本とメキシコだけです。最低賃金は、憲法25条の生存権保障であることを明確にし、「事業者の支払い能力」は削除すべきです。

 そしてそのために、労働者の8割が働く中小企業で確実な引き上げが行われるように、親企業による下請け単価の買いたたきをやめさせるなど取引の適正化や、中小企業への財政・税制・金融面の支援策を政府に義務付けねばなりません。

 次に、労働契約法ですが、これは採用や解雇などのルールを明確にしたと一般には報道されています。

 しかし、この法律は、労働契約の締結・変更について労使合意を原則と定めながら、使用者が一方的に決める就業規則による労働条件の不利益変更を例外として認めました。

 他方、一般の企業での実態は、労働条件の変更の7割が就業規則の変更によって行われ、うち2割は労働者との協議がされておらず、さらに就業規則を見ることさえできない職場も多いというものです。

 すなわち、この法律は、使用者側が労使合意の原則を踏みにじる手段として利用してきた、就業規則による労働条件の不利益変更を、法律で真正面から認めるものなのです。

 このような法律が、雇用破壊という貧困の原因を拡大・増大しこそすれ減少させるものでないことは明らかでしょう。

 これらの法律を成立させた自民・公明はもちろん、野党でありながら賛成した民主党や社民党は、自らの不明を大いに恥じ、真摯に反省せねばなりません。こんなことでは「国民の代表」とは言えないのです。

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 日経としんぶん赤旗の報道を引用しておきます。また、10月22日発表の「最低賃金制改善のための日本共産党の要求」と、11月22日提案の日本共産党の最低賃金法改正案の修正案にリンクしておきます。

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