「撤回と記述の復活を求める気持ちは絶対譲れない」、仲里利信・実行委員長(沖縄県議会議長)
既に各所で報じられている所ですが、昨日167人の要請団が上京し、要望文を大野松茂官房副長官に手渡し、また「教科書検定意見撤回を求める総決起集会」が開かれました。
この期に及んでも未だ政府は「ゼロ回答」を続けています。政府の立場には一片の道理もありません。仲里氏の言う通り「撤回と記述の復活を求める気持ちは絶対譲れない」!
2007年10月16日(火)「しんぶん赤旗」
検定撤回 譲れぬ
「集団自決」教科書問題で政府に
沖縄167人 上京、要請沖縄県の「教科書検定意見撤回を求める県民大会」実行委員会(実行委員長・仲里利信沖縄県議会議長)は十五日、首相官邸を訪れ、検定意見撤回と軍の強制・関与記述の回復などを求める要望文を大野松茂官房副長官に手渡しました。
同日、沖縄県からは要請に県民大会で実行委員を務めた二十二団体の代表や超党派の地方議員ら百六十七人が参加しました。大野官房副長官への要請には仲里実行委員長ら代表十人が官邸の中に入りました。
要請団によると三人の代表が、軍国主義の下で沖縄戦では、子どもが鉄血勤皇隊として戦争に駆り出され多くの命を失ったことなどを発言し、あらためて検定意見撤回を求めました。
大野官房副長官は「私たちも大変重く受け止めている。総理、官房長官に伝えたい」と応対。これまで拒否している検定意見撤回については、具体的な発言はなかったといいます。
要請を終えて仲里実行員長は「なかなか進展がないが、撤回と記述の復活を求める気持ちは絶対譲れない」と強調しました。
要望文は、内閣総理大臣や官房長官あて。検定意見撤回や記述回復のほか、検定調査審議会を開催し、必要な措置を講じることや今後審議会の審議を公開すること、沖縄戦における歴史的事象の扱いに関する条項の確立などを求めています。
撤回求め決起集会
市田氏あいさつ十五日夜「首都圏の会」と「東京沖縄県人会」は、東京都千代田区の星陵会館で「教科書検定意見撤回を求める総決起集会」を開き、日本共産党の市田忠義書記局長があいさつしました。
市田氏は、教科書検定に介入したのは政府・文科省側だと告発し、「力をあわせて検定意見撤回と記述の回復を実現するまで全力でたたかいぬきます」と表明しました。
市民団体が集会と宣伝
沖縄戦での「集団自決」をめぐる教科書検定意見の撤回を求め、子ども全国センターと「大江・岩波裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会」は十五日、文部科学省への署名提出や政党・国会議員へ要請するとともに、東京・有楽町の街頭で訴えました。
衆院第一議員会館で開いた院内集会には百五十人が参加。沖縄戦当時の戦隊長らが作家の大江健三郎氏と岩波書店を名誉棄損で訴えている裁判について、大江・岩波沖縄戦裁判支援連絡会の小牧薫事務局長は、文部科学省が「えん罪裁判」と呼んで原告(元戦隊長)側の言い分をそのまま受け入れていることを批判しました。
子ども全国センターの米浦正代表委員(全教委員長)は、歴史の真実から学ぶことが必要であり、教科書から真実を消すことは許されないと力を込めました。
教科書の執筆者で、歴史教育者協議会の石山久男委員長、東京沖縄県人会の上原成信さん、沖縄戦で学徒動員された「ひめゆり同窓会」の上江田千代さんらが体験も交えて訴えました。
日本共産党から穀田恵二国対委員長をはじめ五人の国会議員が参加し、赤嶺政賢衆院議員が発言。糸数慶子参院議員(無所属)、社民党議員があいさつしました。
2007年10月16日(火)「しんぶん赤旗」
検定意見の撤回と記述の回復を
10・15総決起集会 市田書記局長あいさつ(大要)十五日、星陵会館で開かれた「教科書検定意見撤回を求める総決起集会」で日本共産党の市田忠義書記局長がおこなったあいさつ(大要)は以下の通りです。
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九月二十九日の沖縄は、気温三〇度をはるかに超えていました。あの海浜公園を埋め尽くした十一万人もの人々の静かな熱気と、歴史の改ざんは絶対に許してはならないという地鳴りのような叫びと怒りを、県民大会に参加した私もびんびんと感じ取ってまいりました。
沖縄戦での「集団自決」が日本軍の強制・命令・誘導なしには起こりえなかったことは、もはや明々白々であります。
私は五日の参院本会議の代表質問で、次のように述べました。
「誰が強制なくして、我が子を殺(あや)めるでしょう。自ら手をかけざるをえなかった子どもたちをぎゅっと抱きしめ、『こんなに大きくなったのに、生まれてこなければよかったね。ゴメンね』。亡くなった人も生き残った人も軍の命令の前に、みなこの悲しみを抱いたのです」
今、沖縄で暮らす人たちは、この時代を生き延びた人たちであり、その子孫です。
福田康夫首相は、「沖縄県民の声を重く受け止める」といいましたが、「政府は、教科書検定に介入できない」といって、何の行動も起こそうとはしません。しかし、教科書検定に介入したのは、ほかならぬ政府・文部科学省でなかったでしょうか。
そのことを、疑問の余地なく証拠をつきつけて認めさせたのが、沖縄選出の日本共産党衆院議員である赤嶺政賢議員の十一日の予算委員会の質問であります。赤嶺議員は、文部科学省の「原議書」という動かぬ証拠をつきつけました。
ここには、文部科学省の常勤職員である教科書検定調査官が個人の意見をつけたことが明らかです。しかも、この「原議書」には、担当職員の判もおされている。担当の局長を含む七人の文部科学省の職員の決裁の判が押されている「文部科学省ぐるみ」の恣意(しい)的な検定意見です。そして、「学術的・専門的な検討を経て」といって教科書審議会にかけました。
審議会では、文部科学省の調査官がつけた意見に対して、誰からも意見がだされなかった。「沖縄戦の歴史の専門家がいるのか」と赤嶺議員がただしたら、「誰もいません」と政府は認めざるをえませんでした。
政府・文科省の「自作自演」による「政治介入」によって教科書が書きかえられたというのは、みなさん、明々白々な事実ではないでしょうか。
県民大会で発言した高校生は、「うそを真実といわないでください」「醜くとも真実を知りたい。学びたい。そして伝えたい」と述べました。
歴史の真実から目をそむけてはならないと思います。赤嶺議員は質問の最後で、こう追及しました。
「教科書検定意見の撤回を求める、記述の回復を求めるのは、政治の介入ではありません。真実を回復してくれという、やむにやまれぬ沖縄県民の要求です。そういう要求を聞き入れない文科省が勝手につくった、その検定意見に固執することこそ、政治的な介入であります。政治的介入は文科省こそやっているのではないか」
議場はしーんと静まり返りました。道理と大義は、われわれの側にあります。力をあわせて(教科書検定意見の)撤回と記述の回復を実現するまで、みなさんとご一緒に全力でたたかいぬく決意を表明して、ごあいさつといたします。ともにがんばりましょう。
政府、具体策言及せず/教科書検定 再要請(沖縄タイムス 2007.10.16)
【東京】沖縄戦「集団自決(強制集団死)」への日本軍の強制を削除した教科書検定問題で、十一万人が参加した県民大会の要請団約百七十人が十五日上京し、仲里利信実行委員長(県議会議長)ら代表十一人と県関係国会議員が首相官邸で大野松茂官房副長官と会談した。検定意見の撤回と記述の回復を含めた四項目を要望。大野副長官は「要望の一つ一つを認識しながら重いものとしてしっかり受け止める」と述べる一方、具体的な対応策に言及しなかった。
会談は非公開で行われ、仲里委員長は会談後、記者団に「正直なところ、前回の要請とあまり変わりがなかった」と失望感を表明。大野氏が「県民の多くが(大会に)集まったことを政府として重く受け止める」と述べた三日の会談から、官邸の対応に進ちょくがなかったことを強調した。仲里委員長は「(大野氏から)具体的な回答があれば『何回答』『何%』と言えるが、そういうことを言っていないので…」と述べ、実質的な“ゼロ回答”だったとの認識を示した。
一方で、大野氏から「渡海紀三朗文部科学相に皆さんの意をくんだ形で対処してほしいと伝える」との発言もあったと紹介。これに対しては「大変、ありがたく思う」と謝意を表した。
要請団の要望は(1)検定意見の撤回と記述の回復(2)教科用図書検定調査審議会の速やかな再開催(3)審議の公開と審議会への沖縄戦研究者の参加(4)沖縄条項の確立―の四点。いずれにも、明確な回答はなかった。
会談に同席したのは県PTA連合会の諸見里宏美会長、沖縄の未来を語る会(二十二の旧制学校同窓会で構成)の大浦敬文事務局長らと、県関係国会議員九人。諸見里会長は、東中学校の生徒が検定意見の撤回を求める意見書可決を東村議会に要望したことをきっかけに、PTAが活動に加わった経緯を説明。「最初に声を上げた子どもたちの指摘で運動が盛り上がった」として、県民運動の広がりを強調した。大浦事務局長は「沖縄戦の体験者の声を聞いてほしい」と訴えた。
仲村正治氏(自民)、照屋寛徳氏(社民)、赤嶺政賢氏(共産)の各衆院議員と喜納昌吉氏(民主)、山内徳信氏(社民)、糸数慶子氏(無所属)の各参院議員も発言した。要請団は十六日、数グループに分かれて各政党や教科書会社などを訪ねる。
県、九州知事会に決議案
沖縄戦での「集団自決(強制集団死)」への日本軍の強制を削除した高校歴史教科書検定問題で、仲井真弘多知事が十八日に那覇市内で開かれる九州地方知事会(会長・金子原二郎長崎県知事)に、県が政府に要望している検定意見の撤回と記述回復などについて、「県の要望に対して真摯な対応」を国に求める決議案を提案することが十五日、分かった。
決議案では、教科書検定問題をめぐって、県議会や県内全市町村議会で、検定意見の撤回と記述回復を求める意見書が可決されたことや、県内の各界・各層を網羅した超党派による県民大会が開かれたことなどを明記。
その上で九州地方知事会として、国に対し「沖縄県の教科書検定意見に関する要望に対して真摯な対応」を要望している。同案は全会一致で可決される見込み。
同知事会には山口県を含む九州各県の知事が参加する予定。
700人集会 国を批判/東京要請行動(沖縄タイムス 2007.10.16)
【東京】教科書検定意見の撤回を求める総決起集会(主催・東京沖縄県人会、沖縄戦首都圏の会)が十五日夜、国会近くの星陵会館で開かれた。国会議員や市民ら約七百人が参加。発言者からは「政府は検定意見撤回を政治介入と言うが、最初に行政介入したのは文部科学省だ」(山内徳信参院議員)など、文科省主導の検定過程を批判する声が相次いだ。
民主党の川内博史衆院議員は訂正申請の動きについて「記述の訂正と回復は百八十度違う」と指摘。「(民主党などが衆参両院に提示した)決議案を何としても採決に持ち込む」と意気込んだ。与党・公明党の遠山清彦参院議員も「審議会は議事録も公開されず、どんな議論があったか与党も分からない」と教科書検定の「密室性」を強調した。
東京沖縄県人会の川平朝清会長は「県人会は政治的なものに(通常)かかわらないが、青少年育成の立場から日本の正しい現代史を知ってほしい」と記述回復を訴えた。
集会終盤には上京中の県民大会要請団が登壇し、南部商業高校の生徒九十五人が「教科書には真実を載せて」などと書いた横断幕を手に決意を新たにした。
主催者は集会に先立ち、国会での院内集会や千代田区有楽町でのビラ配りなどをした。
「ゼロ回答」に怒り
県民大会実行委員長の仲里利信県議会議長ら要請団十一人の直接の訴えに対し、大野松茂官房副長官は十五日午後、「しっかりと受け止める」とこれまでの政府発言にとどまるなど実質的な“ゼロ回答”となった。要請団からは「検定意見撤回に応じるまで沖縄に帰らない」と失望と怒りの声が上がった。
要請団が求めていた福田康夫首相や町村信孝官房長官との面談は国会審議があり、実現しなかった。しかも人数が制限され、仲里委員長や副実行委員長の翁長雄志那覇市長、県PTA連合会の諸見里宏美会長らが官邸の門をくぐった。
要請を終えた諸見里会長は「具体的な回答はなく、あらかじめ用意した言葉を話すだけ。重く受け止めたとは思えない」と憤った。沖縄の未来を語る会の大浦敬文事務局長は「質問や前向きな発言もなくがっかり。せめて『行動を無にしない』との副長官の言葉がリップサービスでないことを期待したい」と話した。
官邸前で報告を聞いた元女子学徒隊でつくる青春を語る会の中山きく会長は「中に入れると思ったのに残念。誤った教育でお国のために命をささげた私たちの思いを伝えたかった」と悔しそうに語った。
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政治的圧力で嘘を事実とする運動ですね。
まさに狂気の沙汰です。
投稿: よみくま | 2007年10月18日 (木) 13時21分