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2007年7月 4日 (水)

久間章生防衛相辞任―核兵器の使用はどんな理由があっても許されない

 原爆投下は「しょうがない」と述べた久間章生・防衛相が辞任しました。

 ところが、後任の防衛相は小池百合子・首相補佐官だそうです。小池氏は核武装について毎日新聞のアンケート(2003年)で「国際情勢によっては検討すべきだ」と回答した人です。

 これは、安倍首相が久間氏の暴言を反省してない証拠です。久間発言の問題の核心は、「何らかの理由があれば核兵器を使用して良い」と久間氏が真正面から言い放ったことにあります。にもかかわらずその後任に核武装容認論者の小池氏を就けたのはこの問題点を認識してないことを示します。

 また、日本は米国の核戦略を一貫して支持し、「核抑止力」を中核とする日米安保体制にしがみついてきました。これは、日本政府全体が「何らかの理由があれば核兵器を使用して良い」という立場に立っていることを示しています。

 小池氏は、この点でも、アメリから強く要求されている集団的自衛権の解釈変更について、雑誌で「国会の審議の場において、時の総理が『解釈を変えました』と叫べばよい」と述べています。

 おまけに、町村派に属する小池氏は、日本の侵略戦争を美化する日本会議国会議員懇談会の副幹事長を務める「靖国」派です。久間氏はこの手の団体には所属してませんでしたから、また1人「靖国」派の大臣が増えたことになります。

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 長くなりますが、久間発言、それへの抗議、しんぶん赤旗の主張、論説等を引用しておきます。

 さらに、以下のブログの記事が詳しいのでTBさせてもらいます。

津久井進の弁護士ノート「争点は“核武装レジーム”の是非」(7月4日)

2007年7月4日(水)「しんぶん赤旗」

久間防衛相辞任
任命し、かばいつづけた首相の責任が問われる
志位委員長が批判

 日本共産党の志位和夫委員長は三日午後、久間章生防衛相の辞任について国会内で記者団に問われ、「辞任は当然だが、原爆投下は『しょうがなかった』という考え方をもっている人物を閣僚に任命し、暴言がなされた後もかばい続けた安倍晋三首相の責任は極めて重い」とのべ、辞任で幕引きにせず国会の予算委員会などで安倍首相の政治責任を明らかにするとともに、参院選でも国民の審判を仰ぐべきだとの考えを強調しました。

 志位氏は、安倍首相が久間防衛相を罷免するどころか「核廃絶のために責任をまっとうしてほしい」(二日)と最後までかばっていたことを指摘。「(久間発言の)問題の核心は、理由いかんによっては核兵器使用も許されるという考え方だ。どんな理由があっても原爆投下、核兵器使用は許されないという立場に立つべきだが、安倍首相はその問題でまともな認識と見識を示さなかった。被爆国の首相、内閣としてふさわしいのかという問題が厳しく問われてくる」と強調しました。

 志位氏は辞任の理由として久間防衛相が「国民に誤解を与えてしまった」とのべていることについて、「誤解ではなく、理由によっては原爆投下は『しょうがない』という誤解の余地のない間違った発言をした。それをのべたにもかかわらず、反省は最後までなかった。辞任はしたが、反省はなかった。首相の側は、最後までかばい続けて罷免をしなかった。この二つの事実は極めて重い」と指摘しました。

2007年7月4日(水)「しんぶん赤旗」

米核戦略にしがみつく歴代政権の姿勢背景に

 六十二年前、広島で十四万人以上、長崎で七万人以上の命を奪い、今なお多くの被爆者を苦しめている米国の原子爆弾投下は国際法に反する非人道的行為であり、どんな理由があっても正当化できません。

 原爆投下を「しょうがない」とした久間章生防衛相の発言は多くの被爆者を傷つけ、核兵器廃絶を目指す国際社会の努力に水を差しました。辞任は当然であり、久間氏を今日までかばい続けた安倍晋三首相の責任も厳しく問われます。

 世界で唯一の被爆国として、核廃絶の先頭に立つべき日本政府の閣僚が核兵器の使用を「しょうがない」と発言し、首相もそれを擁護するのはなぜなのか。それは久間氏のみならず、日本政府全体が“理由によっては核兵器の使用もやむをえない”=「しょうがない」という立場に立っているからです。

核武装論の台頭

 日本は米国の核戦略を一貫して支持し、「核抑止力」を中核とする日米安保体制にしがみついてきました。国連でも核兵器の「究極的廃絶」論を唱え、速やかな核廃絶を求める国際世論に背を向けてきました。核兵器は非人道兵器であり国際法違反だとの立場も明確にしていません。

 加えて、自民党内では核武装論者が台頭。昨年、北朝鮮の核実験に対して、自民党の中川昭一政調会長や麻生太郎外相から「核武装」発言が相次ぎました。

 米側は日本独自の核武装論には警戒感を示し、今年五月の日米安保協議委員会(2プラス2)の合意文書では、「あらゆる種類の米国の軍事力(核及び非核の双方の打撃力及び防衛能力を含む)が、拡大抑止の中核を形成し、日本の防衛に対する米国のコミットメントを裏付ける」として、「米国の核の傘」の意義を再確認させました。

 久間氏自身は、「(核武装発言は)しない方がいい」と述べる一方、「現在の日本の置かれた状況を考えるなら、米国の核の傘に置かれた方がいい」(〇六年十月、外国特派員協会)と主張しています。“日本の核武装はよくないが、北朝鮮に対抗するためにも米国の核兵器は必要だ”という立場です。米国の核戦略の原点である広島・長崎への原爆投下を否定しないのもうなずけます。

安倍内閣の風潮

 それでも、歴代政権で「原爆投下はしょうがない」とまで発言する閣僚はいませんでした。「自分が防衛政策をよく知っているという自負があり、自分の考えだけで発言する」(防衛省関係者)という久間氏個人の姿勢もありますが、核武装容認の暴言が相次ぎ、タガが完全に外れた安倍内閣の風潮を反映しているともいえます。

 この問題は久間氏の辞任で幕引きを図るのではなく、原爆の犠牲者の苦痛を自らのものとして感じることのできない安倍内閣全体の責任を厳しく問い続けなければなりません。(竹下岳)

2007年7月4日(水)「しんぶん赤旗」

潮流

 「私は原子爆弾の使用について相談を受けなかった。もし受けていたら、それは不必要だ、日本はすでに降伏の準備をしているとの見解を表明したであろう」。

 日本を占領した連合国軍の最高司令官マッカーサー元帥が、退任後に日本の新聞によせた談話です。広島・長崎への原爆投下は、戦争を終わらせるのに「しょうがない」作戦ではなかったのです。

 原爆投下を、「あれで戦争が終わった」ので「しょうがないなと思っている」と語った久間防衛相。しかし、“戦争を早く終わらせるため”は、アメリカの権力者が広めた「神話」です。いまでは、次のような内幕が分かってきています。

 「敵はソ連」(グローブス将軍)と考えたアメリカの権力者は、ソ連に原爆の威力を誇示するため、原爆が完成し使えるようになるまで日本との戦争を終わらせまいとした―。

 安倍首相は当初、「米国の考え方について紹介したと承知している」と久間氏をかばいました。被爆国の首相とは思えません。かりにアメリカの考え方を紹介するつもりだとしても、「しょうがない」ではすみません。むしろ逆のはずです。「米国の戦略がどうであれ原爆は落とすべきでなかった」というべきでした。

 久間氏は、参院選への影響をおそれて辞めました。辞任を申し出なければ、安倍首相は大臣のいすに座らせ続けたでしょう。昨年八月九日、核廃絶を阻む勢力に迫った、故伊藤一長市長の長崎平和宣言がまたよみがえります。「人間は、いったい何をしているのか」。

2007年7月3日(火)「しんぶん赤旗」

主張
原爆投下容認発言
被爆国で政治担う資格がない

 久間章生防衛相が、広島、長崎への原爆投下について、「あれで戦争が終わったんだなとの頭の整理で、今しょうがないと思っている」と発言したことにたいし、被爆者をはじめ怒りの声が相次いでいます。

 久間氏は「説明がまずかった」と“陳謝”したものの、辞任は拒否しています。安倍晋三首相も久間氏に形ばかりの“注意”を与えただけで、罷免要求を拒否しています。

 ことは被爆国の政治家としての資格にかかわる問題です。久間氏の発言をあいまいにすませることは、絶対に許されません。

非人道的な大量殺りく

 今から六十二年前の太平洋戦争末期に、アメリカが広島と長崎に原爆を投下し、二つの都市を壊滅的に破壊して、無防備の非戦闘員をふくむ二十万人以上の市民を殺りくした事実は、非人道的な大量殺りく兵器としての核兵器の本質を誰の目にも明らかにしています。爆風に飛ばされ、熱線に焼かれ、人類がそれまで経験したことのなかった放射能にさらされたことによって、いまなお多くの人々が苦しみぬいています。原爆投下はどんな理由であれ「しょうがない」などとすませられることではありません。

 非人道的な核兵器は廃絶するというのが戦後の世界の常識です。一九四六年の国連総会の第一号決議は、「原子兵器の各国の軍備からの廃絶」を誓いました。その後も世界は、核兵器の製造と使用、貯蔵の禁止を目指して、粘り強い話し合いを重ねてきました。

 もちろん日本は世界最初の被爆国として、核兵器の廃絶を世界に発信する責任を負っています。「原爆許すまじ」―被爆地の記念碑に刻まれた言葉です。「しょうがない」などといって原爆投下を正当化することは、原爆の犠牲になった市民を冒とくし、被爆国として日本が果たすべき役割を否定することになります。

 万万が一、アメリカの原爆投下が「しょうがない」ということですまされることになれば、再び原爆の使用が問題になったときにも「しょうがない」と正当化される余地を残すことにもなりかねません。

 久間氏は被爆地・長崎出身の、被爆国の閣僚です。原爆投下という事実に、被爆国の政治家としてどう向き合うのかが、とりわけ強く問われる立場です。問題にすべきは非人道的な核兵器の使用を容認するかどうかであり、発言が「説明不足だった」という言い訳や、通りいっぺんの「おわび」ですまされるということは、一切通用しません。

 だいたい久間氏がいう原爆投下が戦争終結を早めただの、ソ連の本土占領を避けさせたなどという理由は、まったく成り立ちません。戦争末期、日本の戦闘能力はほとんど失われていたのに、アメリカは戦後の世界でソ連より優位に立つことをねらって、完成したばかりの核兵器の使用を急いだというのが世界の常識です。久間氏の発言はこの点から見ても見過ごしにできない誤りです。

罷免しない首相も同罪

 久間氏には、今後も閣僚の地位にとどまり続けるのはもちろん、被爆地の国会議員としてとどまることも本来許されません。久間氏は発言の誤りを認め、ただちに閣僚を辞任すべきです。

 重大なのは、久間氏を閣僚に任命した安倍首相の責任です。かばい続ければ安倍首相自身が原爆投下を認めていることになります。安倍首相が「核兵器廃絶」を目指すなら、ただちに久間氏を罷免すべきです。

2007年7月4日(水)「しんぶん赤旗」

主張
久間防衛相辞任
安倍首相の責任こそ問われる

 広島、長崎への原爆投下を、「しょうがない」と発言した久間章生防衛相が閣僚を辞任しました。

 非人道的な大量殺りく兵器である原爆の使用をどんな理由であれ容認することは、被爆国の政府の閣僚として資格がないことを示すものです。久間氏の辞任は当然のことですが、本来ならただちに閣僚から罷免すべきだった安倍晋三首相は、久間氏が言い出してから辞任を了承しただけで、自ら罷免しようとはせず、むしろ“注意”にとどめてかばおうとさえしてきました。首相の責任こそ問われることになります。

罷免して当然の発言

 久間氏の発言が、久間氏自身の“陳謝”や安倍首相による“注意”といった、軽い処分ですむものではなかったことは、久間氏の地元でもある被爆地の長崎をはじめ、全国から引きも切らない抗議を見ても明らかです。任免権を持つ首相が、ただちに罷免して当然でした。

 太平洋戦争末期の広島、長崎への原爆投下は、爆風と熱線、放射能によって、二十万人以上の尊い人命を奪い、いまなお多くの人びとを苦しめています。この原爆投下を「しょうがない」と容認することは、被爆者にとってはもちろん国民全体にとって、とうてい受け入れることのできるものではありません。

 しかも、戦争終結を早めたなどと、国際的に否定されているものを含め、あれこれの理由を持ち出して原爆投下を認めることは、理由のいかんでは再び原爆投下があってもいいと、正当化することにもなりかねません。悲惨な被爆体験から核兵器の廃絶を願い、世界に発信してきた国民の願いを踏みにじるものです。

 「しょうがない」発言で問われなければならないのは、原爆投下にたいする“考え方”そのものです。久間氏が「しょうがない」と原爆投下を容認する考えに立つ以上、久間氏には被爆国の政府の閣僚としてはもちろん、被爆地から選ばれる政治家としても、一日としてその地位にとどまる資格がないことになります。

 実際、久間氏は閣僚の辞任は表明しましたが、その理由は「発言が誤解を与えた」とか「参院選への影響を考えた」ということで、原爆投下は「しょうがない」という考えそのものの誤りを認めたわけではありません。閣僚を辞任したからといって問題がおしまいとはならず、引き続き久間氏の責任とともに、久間氏を閣僚に任命し、発言後もただちに罷免しようとはしなかった安倍首相の責任が問われるのは必然です。

 とくに安倍首相は、久間氏の発言直後には、「アメリカの言い分を紹介しただけだ」とかばい、辞任前日に久間氏と会った際も「誤解を与える発言は慎む」よう“注意”しただけで、「核廃絶のため責任を全うしてほしい」と“激励”する有様でした。安倍首相が久間氏同様、原爆投下は「しょうがない」発言の誤りを理解しているとはとても思えません。この問題での首相自身の責任追及は、決して免れません。

被爆国にふさわしくない

 日本は世界で唯一の被爆国であり、世界に向かって率先して核兵器廃絶を働きかけなければならない立場です。にもかかわらず戦後日本の歴代自民党政府はアメリカの原爆投下を批判せず、「核の傘」に依存して核兵器廃絶に背を向けてきました。

 安倍首相が久間氏の「しょうがない」発言の誤りを認めないなら、いよいよ被爆国にふさわしくない首相だということになります。国民の審判が下されるのは避けられません。

2007年7月1日(日)「しんぶん赤旗」

防衛相の発言
要旨

 久間章生防衛相が三十日の講演で行った原爆投下に関する発言要旨は以下の通り。

 (大戦)当時、ソ連は(日本に)いつ参戦するか着々と準備していた。米国はソ連が参戦まではしない(と考えていた)。ところが、日本がしぶとく、ソ連が(日本参戦に)出てくる可能性があった。(米国は)日本が負けると分かっているのに、あえて原子爆弾を広島と長崎に落とした。そこまでやったら日本も降参するだろう、そうしたらソ連の参戦を止めることができるということだった。

 (米国は)八月九日に(長崎に)原子爆弾を落としたが、九日にはソ連が満州その他に侵略を始めた。幸いに(戦争が)八月十五日に終わったから、北海道は占領されずに済んだが、間違うと北海道までソ連に取られてしまう。その当時の日本は、取られても何もする方法もないから、わたしはその点は、原爆も落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今しょうがないなと思っている。

 それに対して米国を恨むつもりはない。勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得るのかなということも頭に入れながら、考えなければいけない。

2007年7月1日(日)「しんぶん赤旗」

被爆死 仕方ないのか
原爆投下 久間防衛相の暴言
被爆者ら“あまりに非常識”

 久間章生防衛相が三十日、広島・長崎への原爆投下を「しょうがないなと思っている」と発言したことに対し、被爆者や平和団体の代表から抗議の談話が相次いで寄せられています。

安倍内閣の姿が現れた

 日本被団協の田中煕巳事務局長 とんでもない発言で、広島・長崎の地獄を体験した被爆者として言葉がありません。この原爆で無残にも命を奪われた数十万の死者のことを思うと絶対に許せない言葉です。日本政府は戦後、アメリカの核によって日本が守られているとする「核の傘」論の立場から、アメリカの核兵器を事実上、容認してきましたが、「原爆投下はしょうがない」との発言を現役閣僚がおこなうということはかつてなかったのではないでしょうか。

 「タカ派」安倍内閣の閣僚の本当の姿があらわれたなと感じます。

 アメリカの原爆投下は必要なかったというのは、日米の歴史家の間では決着ずみです。当時、日本は戦闘能力を失い、降伏は時間の問題でした。日本を降伏させるのに原爆を投下する必要はありませんでした。原爆で日本を早く降伏させることができたから、「ソ連の北海道侵略・占領」を防いだというのはまったくの間違いです。

 核兵器はどんなことがあっても使用してはならない兵器です。国際司法裁判所は核兵器は国際人道法の原則に反するとしました。現役の防衛相が核兵器を容認する発言をしたことはその資格が問われる重大な発言だと思います。

「違法」判断世界の大勢

 原水爆禁止日本協議会の高草木博事務局長 広島・長崎への原爆投下は当時、二十一万の市民の命を奪っただけでなく、いまなお二十六万にのぼる生存被爆者を心身にわたって苦しめつづけている残虐行為です。世界で唯一、惨状を経験した国の閣僚として久間氏の発言はあまりに非常識としか言いようがありません。久間防衛相は、原爆投下が「旧ソ連の日本への参戦を食い止めるため」に行われたと述べています。核兵器の使用は、どのような意図のもとであれ、また、どのような歴史的背景があれ、絶対に許されていいものではありません。

 広島・長崎の原爆投下以来六十二年を経て、核兵器の使用は今日、国連総会の諸決議や国際司法裁判所の判断(一九九六年)にも見られるように、「違法」との判断が世界の大勢となっています。

 本来、日本政府は、こうした人類の生存にかかわる問題で国際政治の先頭にたって、核兵器の全面禁止に努力すべきものです。

 同時に、こうした発言の背後にあるものとして、日本の安全をアメリカの核戦略に依存させる.危険な「核の傘」政策を指摘せざるを得ません。現に、日本は、戦争放棄の憲法を持ち、非核三原則を「国是」としているにもかかわらず、さきの日米安全保障協議では、日本の安全を、核兵器を含む米国の「拡大抑止」に依存させることを公然と確認しました。

 われわれは、久間氏に、発言の取り消しを強く求めるとともに、日本政府にたいしてアメリカの「核の傘」への依存をただちにやめ、核兵器廃絶と非核日本の立場を改めて宣言するよう強く要求します。

威力を試す実験だった

 広島県原爆被害者団体協議会の金子一士理事長 絶対許すことのできない発言だ。核兵器の残忍さ、悪魔の兵器だと言うことがわかっていない。日本が憲法を改悪して、アメリカとともにたたかうときに備えて、核兵器使用は「やむを得ない」と国民に知らせようとしているように聞こえる。核兵器を使わなくても日本が降伏することはわかっていたことだ。戦争を早く終わらせたのではない。核兵器の威力を試す実験に使われたのであり、戦後政治で優位性を持つために使われた。原水協とも相談して抗議していきたい。

米なら何でも従うのか

 原爆症認定集団訴訟東京原告団の山本英典団長 日本政府が国体護持にこだわり戦争終結を遅らせた間に、アメリカは完成させた原爆を大量殺傷兵器として広島、長崎に投下したという点で、日米両政府の責任は大きい。その年のうちに二十一万人の被爆者が亡くなり、六十二年たった今も苦しめられているのです。行政の怠慢は今の被爆者行政に引き継がれ、原爆投下への抗議も反省も謝罪もありません。

 久間大臣の発言は、アメリカが繰り返してきた「原爆投下は正当だった」という主張のおうむ返しであり、アメリカの言うことなら何でも従うという日本政府の政治姿勢を示すものです。被爆者として到底許せません。原爆投下という残虐行為への思いをはせることはないのでしょうか。およそ人間らしからぬ発言だと思います。

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政治2(日本外交3-核兵器)」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。
記事のご紹介ありがとうございます。
私は赤旗は読んでいないのですが、引用された赤旗の記事の論旨は、どれも本当にごもっともだと思いました。
本質から目を逸らすことのないように、注視していきたいですね。

 津久井さん、コメントをありがとうございます。

 長々と引用してしまった新聞記事をわざわざ読んで頂いたようで、ありがとうございます。

 その通りです。本質を見逃さないようにしっかりしていきたいものです。

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