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2007年6月12日 (火)

女性自衛官人権訴訟、第1回口頭弁論で原告・女性自衛官本人が意見陳述(意見陳述全文追加)

 原告ご本人が法廷で気迫の訴えをし、傍聴席からはすすり泣きも聞こえ、最後には拍手がわき起こったそうです。

 これに対して、国側は請求棄却を求めたものの、その根拠を何ら示しませんでした。不真面目・不誠実な態度と言うべきです。

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 しんぶん赤旗と北海道新聞の記事を引用しておきます。

 訴状等へのリンクは以下の記事を参照

5月29日「セクハラ天国の自衛隊―女性自衛官の7.4%が強姦・強姦未遂、18.7%が性的関係強要の被害」

5月30日「女性自衛官人権訴訟、引き続き抗議と原告への激励を(弁護士・佐藤博文)」

 また、意見陳述の全文はAMLメーリングリストの以下の箇所で読めます。また、改行等を整理してここにも引用しておきます。

http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-June/013899.html

2007年6月12日(火)「しんぶん赤旗」

女性自衛官国賠訴訟
「私の青春返して」
原告本人が意見陳述

 北海道内の自衛隊基地に勤務する現職女性自衛官(21)が、自衛隊内で受けた暴行と上司による事件のもみ消し工作、退職強要などを理由に、国を相手取って一千万円余の損害賠償を求めている国家賠償請求訴訟の第一回弁論が十一日、札幌地裁(斎藤紀子裁判長)で開かれました。原告の女性自衛官本人が法廷に立ち、意見陳述しました。

 女性自衛官は、こみ上げる怒りを抑えきれない様子で時折被告席をにらみ、「(事件に遭った)私の二十歳は暗黒の年でした。自衛隊は私を傷つけ、私の人権を踏みにじりました。私の青春を返してください」と、声を震わせながら訴えました。傍聴席からすすり泣く声も聞こえました。

 女性自衛官は、部隊での退職強要の実態、提訴後の激しい嫌がらせの事実を明らかにし、「私の事件を通して、私のような思いをする女性が二度となくなるようにしたい。私の踏みにじられた人権を取り戻すため、同じ経験をした女性たちに勇気を与えるため、たたかいます」と決意を述べ、満席の傍聴席から拍手がわき起こりました。

 弁護団の佐藤博文弁護士らは、原告が提訴をした直後から、被害者である原告に対する懲戒処分の脅しなど、すさまじい嫌がらせが行われていることを指摘し、被告代理人と裁判所に改善を強く求めました。

 公判後、弁護団と「女性自衛官の人権裁判を支援する会」は報告集会を開き、今後も署名活動などに取り組んでいくことなどを確認しました。

「人権踏みにじった」 空自わいせつ訴訟 札幌地裁で初弁論(北海道新聞電子版 2007年6月11日 14:14)

 道内の航空自衛隊基地の女性隊員(21)が同僚からわいせつ行為を受け、被害を相談した上司から逆に退職を強要されたとして、国に約一千百万円の損害賠償を求めている訴訟の第一回口頭弁論が十一日、札幌地裁(斎藤紀子裁判官)で開かれた。国側は請求棄却を求め、争う姿勢を示した。

 女性は意見陳述で、自分を中傷するインターネットの書き込みを印刷した紙五十枚が職場の机にあった例などを挙げ、「ひどい嫌がらせは裁判を起こした後も続いている」と強調。「自衛隊は私を傷つけ、人権を踏みにじった。同じ経験をした女性たちのためにも闘う」と涙ながらに訴えた。

 これに対し、国側は答弁書で「事実関係を調査中で、追って主張する」と認否は明らかにせず、請求棄却を求める結論だけを示した。

 訴えによると、女性は昨年九月、勤務中に泥酔していた同僚の男性(32)から基地内で、無理やり体を触られるなどした。女性は上司に相談したが、逆に嫌がらせを受けたとしている。

2007年6月11日
法廷での意見陳述(匿名版)

 原告の     です。

 私は、航空自衛隊,    基地で勤務しています。職種は警戒管制レーダー整備員です。現在21歳です。今回,国に対する国家賠償請求裁判を起こしたことで,  の部隊からひどい嫌がらせを受けました。そしてその嫌がらせは現在も続いています。国民には裁判を受ける権利があります。それは自衛官であっても同じことです。裁判を起こしたからといった理由で嫌がらせをするなど,民主国家においてありえないことです。自衛官にも人権はあります。

 今日私は,この法廷で,意見陳述をいたします。今まで心無い上司のせいで埋もれていた意見を,直接国に対して言える。私にとってこれほどの機会はありません。どうか,裁判だけは公平にしてほしい。裁判官には先入観を持たず,まず私の意見を聞いて頂きたい。そして公平な判断をしてください。

 私が事件にあったのは20歳の時です。同じ20歳の女性は,大学に行ったり,旅行に行ったり,買い物をしたり,しているかもしれない。しかし,私の20歳は暗黒の年でした。自衛隊は私を傷つけ,私の人権を踏みにじりました。私の青春を返してください。私の人生を返してください。

 私は平成16年3月に東京都内の高等学校を卒業し,航空自衛隊に入隊しました。

 私の学校では,初めての女子学生の航空自衛隊入隊でした。私の家庭は現在母子家庭で,下に2人弟がいます。上は19歳です。下は,加害者の長男と同じ8歳です。

 私は,仕事で忙しい母の代わりに,当時0歳の弟の世話を中学2年生の時からやってきました。中学校ではバドミントンクラブで活動していました。

 高校受験の時は弟の世話と勉強の両立にとても苦労しました。高校へは無事に推薦で合格することができました。しかし,高校ではバドミントンクラブに入部するのはあきらめました。私は華道部に入部しました。その理由は,バドミントンクラブは毎日活動があり,弟の面倒を見なくてはいけないので週一回の華道部しかできなかったからです。

 私はバドミントンクラブで活動がしたかった。しかし,母にそれは言えませんでした。私はバドミントンができない代わりに華道部で精力的に活動し,1年生から3年間,華道部の部長として活動しました。

 高校卒業後は大学に進学したかったですが,経済的な理由から,現役での大学への進学はあきらめました。私は仕事をして,お金を貯め,通信制大学にいくのが目標でした。

 高校2年生時,親友に誘われ,自衛隊の募集事務所に行くことになりました。

 私は就職して働くならば,人の役に立つ仕事がしたいと思っていました。募集事務所には陸・海・空の広報官がいました。中でも,陸上の広報官の阪神大震災の災害派遣の話を聞いて,私も自衛隊で勤務したいと思いました。自衛隊にはさまざまな職種があり,医療関係の仕事もあると聞いたので,自衛隊に入隊を決めました。

 私には就職してお金を自分で稼げたら,ぜひやりたいと思っていたことがありました。それはフォスタープランです。フォスタープランとは,発展途上国の子ども生活を助け,子どもを大学まで支援するプログラムのことです。私は今まで母親に養ってもらっている身だったので,就職したならばぜひ,母親と社会に恩返しがしたいと思っていました。

 私は自衛隊に入隊してすぐにフォスタープランを始めました。1ヶ月3000円の支援です。支援する子どもをフォスターチャイルドと言いますが,フォスターチャイルドは私の弟と同じ年の男の子を希望しました。現在私はバングラディッシュの8歳の男の子の支援(フォスターペアレント)をしています。フォスタープランを始めて現在4年目になります。

 入隊した当初は,訓練中に怪我をするなど色々ありました。先輩の女性自衛官を見て,早く私も先輩達のようになりたいと思いました。

 基礎訓練が終わり,私の職種は警戒管制レーダー整備員に決まりました。入隊当初の衛生職種ではないですが,決まった仕事でがんばろうと思いました。

 術課学校では教育部長褒章を頂きました。

 術課教育が終わり,初めての初任地配置が    基地です。

 私は,17年の4月に    基地の群本部に配置されました。  には群本部,監視管制隊,通信電子隊,基地業務隊と大きく4つの部署に分かれます。群本部はその中で,  の運用に関する業務を主に行います。

 初任地での勤務で,私には初めて仕事が任されました。私はその仕事を一生懸命しました。先輩方が17時で帰るところを,毎日私は20時近くまで残り仕事をしました。

 群本部で約3ヶ月ほど勤務し,同年8月に通電隊に配置になりました。通電隊では私の特技である警戒管制レーダー整備員として,レーダーの保守・整備に携わりました。

 18年6月には,北部警戒管制団の英語弁論大会に出場して,初級の部で準優勝しました。

 そして18年の9月に今回提訴した原因となる事件が起こりました。

 今回提訴した内容のうち、2月の7日に退職前提の有給休暇を強制的にとらされたこと、提訴したこと、そして提訴後の部隊の対応と、現在まで続いている嫌がらせについて、少しくわしくお話したいと思います。

 まず、退職前提の有給休暇を強制的にとらされた2月7日のことについて話したいと思います。

 私は事件があった9月9日以降、シフト勤務から、月曜から金曜まで勤務,土日が休みの通常勤務に戻っていました。

 2月7日の朝、  3尉は朝の8時に朝礼をするために私の職場であるオペレーションに顔を出していました。オペレーションとは,オペレーター達が24時間,日本の領空を監視する装置がある建物です。

 私は,  3尉に外出申請をしました。自衛隊では,休日でも外出申請をして,許可されなくては外出ができません。事件があった9月から,  3尉はたびたび私に「お前は処分待ちの人間なんだぞ」「お前は自分のことを被害者だと思っているかもしれないが,俺から見たら加害者だ。」「お前がなぜこういう扱いを受けることになったか,その経緯の事件を俺に説明してくれないか」といった嫌味を皆の前で言い,外出もさせてもらえませんでした。

 私が事件のことを話すということは、皆の前で裸になれと言われているのと同じです。私は  3尉がやったこと,それを見て見ぬ振りをしている上司達も,   と同じ性犯罪者だと思います。この時も  3尉は私に「外出はさせない。」といって外出許可には印鑑を押しませんでした。

 そしてこの日は,今まで9月の事件については無関心だと思っていた,私の職場の班長,  曹長に、「お前もう終わりだよ。」「終了だよ。」「休暇やるから帰れ、いつまで休むんだ。」「お前はまだ若いから1ヶ月もあれば仕事探せるだろ。十分だろ。」と迫られたのです。  曹長は、職場の上司や同僚がいる前で,1時間以上私に有給休暇をとって退職するようにと強要しました。私はそれまでの  の対応や  3尉や関係上司達からの嫌がらせ,  曹長からの退職強要などで心身共に疲れ,泣く泣く有給休暇を取らされたのです。

 私は部屋に帰ると,泣きながら父に電話しました。父はとても心配した様子でした。

 東京に帰ってからも、執拗に退職強要の電話がありました。内容としては「お母さんに同意書を書いてもらってこいよ。退職しますっていう同意書だ。」「お前ほんとに分かっているか?2年継続して自衛隊に残っても,俺はお前を2年間外出させないつもりだ。大学のスクーリングも行かせない。」といった内容でした。そして,2月22日に帰ってくるようにと電話がありました。悔しくて、はらわたが煮えくり返るというのはこういうことを言うのだと思いました。

 明日には退職させられるという日まで、残り1日、2月21日に運命の出会いがありました。北海道合同法律事務所の佐藤弁護士と出会ったのです。佐藤弁護士は,父が東京の弁護士に相談して,紹介していただいた方です。私は最高のプレゼントをもらいました。それまで、加害者に強姦未遂され、周りの同僚や先輩方に傷つけられ、上司にまで退職強要された私にとっての初めての希望でした。

 佐藤弁護士は、まず私の話を静かに聞いてくださいました。その後、私にいくつか質問をされ、落ち着いた様子で「わかった。」と言ってくださいました。佐藤弁護士は,「この話はひどい人権侵害だから、具体的には裁判に向けてやっていこうと思う。しかし、私にも君と同じ年の娘がいるから、今の職場で頑張れなんて言えない。君は仕事を辞めてもいいんだよ。辞めても裁判は続けられる。」と言ってくださいました。そして一言「ただ、君が仕事を辞めなくちゃいけない理由なんて,本当はないんだよね。」と言いました。私はその言葉にはっとしました。私は今まで、上司からは「問題を起こしたやつ」という扱いを受けていたし、加害者呼ばわりされたり、休日に基地から外出させてもらえなかったり、差別を受けてきました。いつのまにか、自分が悪いんではないか、と思い始めていたのです。しかし、佐藤弁護士と話をして、「自分は何も悪くない!悪いのは加害者の  3曹であり、退職しろといった  曹長であり、私を加害者呼ばわりした  3尉であり、その事実を知っても何もしなかった   1尉であり、退職強要を命令した  1佐なのだ」と確信したのです。私は,自衛隊で働くことが人の役に立ち,仕事も覚え,通信制の大学の勉強も続けて卒業したいという夢を思い出しました。

 2月22日、私は部隊に帰りました。部隊に帰るとすぐに、私は  3尉から通電隊長室に呼ばれました。隊長室の前で待っていると、そこに  曹長が現れました。そして,「お前のハンコ持ってきたからな、押せよ。」と私だけに聞こえるようにささやき、手に持った私の印鑑を見せました。私の職場と通電隊長室とは別の建物にあり,職場には印鑑をまとめて入れて置くボックスがあります。そこから  曹長は私の印鑑を勝手に持って来たのでした。

 私は鳥肌が立ちました。退職強要のことは通信電子隊長の   1尉は知らないはず、これは   1尉に聞こえないように言ったに違いない、と思いました。

 私は通電隊長室に入りました。最初は私と  3尉と  曹長の3人でした。3尉は、「ちゃんと考えてきたか」と私に聞きました。私は「はい」とだけ答えました。実際は、これだけ退職強要されて考える余地なんてなかったのです。そこに   1尉が現れて、「総人班長も呼んでいいかな」と言ったので,「はい」とだけ答えました。総人班長とは、総務人事班長の略称で、  3尉のことです。  3尉が来て、4人で私の退職強要が始まりました。

 まず,私の退職願が前に出されました。その退職願には下書きがしてありました。そして「今後の進退はどう
する」と聞かれたので,「退職を前提に考えています。」と答えました。すると   1尉,  3尉,  曹
長は笑って,  曹長は「それならもういいな。退職願を書け」といいました。しかし,私は「退職を前提に考
えていますが,それは私の意志で決めたことではありません。退職を迫られたからです。」とはっきり言いまし
た。

 そして,その日は退職願いには印鑑を押さずに通電隊長室から出ました。

 次の日も、その次の日も退職願いに印鑑を押すように言われましたが、私は押しませんでした。

 2月末に警務隊が入ることになり、やっと私への退職強要はなくなりました。

 次に、提訴以後のことについて述べます。

 提訴当日、私は休暇をとりました。そして、部隊に帰ると、皆が私に対してよそよそしい態度でした。なぜだろうと思いました。実はその日の夕方、いつもは17時に仕事が終わり、皆17時20分のバスで帰るのに、司令は皆を帰さずに、18時30分ごろ皆を体育館に呼び、「  士長が国に対して裁判を起こしたが、自衛隊としては  士長への指導は間違っていなかった。人によって感じ方が違うので、パワハラにとられないように、上司は注意をして指導してほしい。また、  士長には冷静になって、淡々と仕事をしてほしい。」という内容を皆に指導したということでした。このときから、私はさらに部隊で一人孤立させられるようになったのです。

 そして翌日の9日から私に対する嫌がらせは始まりました。

 まず、9日に仕事にいくと、運用班長の  1尉から、「  士長、君の訴状は読んだ。こちらとしても重大に受け止めて対処したいと思う。まず君には席を移動してもらう。裁判は大変だろう、弁護士との打ち合わせもあるし。そして君が今している仕事は継続的にやらなくてはいけない仕事なんだ。裁判を理由に穴を空けられたら困るんだ。だから、君は奥の部屋に行って簡単な業務に移ってもらおう。君の席にはもう新しい人間を配置する。以上」といわれました。私は納得ができませんでした。提訴の前にも、裁判の準備で休みをとったり、仕事に穴を開けたことなどなかったからです。弁護士との打ち合わせも、私の仕事の休みの日にやっていたので、まったく仕事を変わる必要がありませんでした。

 調査官の  3尉は、会計小隊長です。自分の職場の会計班のテーブルの上に、2チャンネルの書き込みを紙に印刷したもので、50枚はあっただろうものをテーブルの上に皆が見えるように広げておりました。私は、「2チャンネルをテーブルの上に広げるのはやめてください。」といいました。すると「2チャンネルは検索すれば誰でも見れるものだから、何が悪い。」と言いました。自分の事件に関する誹謗中傷が書かれたものが皆がいる部屋のテーブルの上にあったら、誰だって嫌だと思います。

 私の直接の上司である  3尉は、よく裁判のことを私がいる部屋で、大きな声で話しをします。提訴直後は私がいる前で、電話で「いやー、俺も  を訴えるのはわかるんですけど、何で国を訴えるのかわからない。」と言っていました。最近では「もう嫌です!  1尉こっち来てくださいよ!現場は大変なんですから。もう俺じゃ対応できないですよ」等と言ったり、電話を切ったあとに「馬鹿上司ども、何にもわかってないで。現場に来て見ろって。ほんとガキだな」と私の前で言いました。私は  3尉から「お前のせいだ」と暗に言われているような感覚に陥りました。

 このように,裁判を起こしたことによって,上司から嫌がらせを受けましたが,その嫌がらせは未だに続いています。今回ここで言ったのはその嫌がらせの一部であり,まだ話していないことがたくさんあります。

 自衛隊は私を退職させることで,今回の強姦未遂,勤務中の飲酒,退職強要,パワーハラスメントを隠そうとしました。問題を被害者である私になすりつけて,事実を隠そうとしました。この事実は決して許せません。

 自衛隊にはたくさんの問題があります。部隊にはカウンセラーが配置されていますが,カウンセラーといっても,1ヶ月くらい自衛隊の研修を受けた,自衛官が兼務している状態です。私が実際に,セクハラやパワハラ,退職強要のことを,カウンセラーに相談しても,「自分に相談されても困る」「自分は幹部自衛官には意見できない。」といわれました。また,民間の相談センターに相談しても,自衛隊の内部の問題は解決でいないと言われました。自衛隊には労働組合もありませんし,被害者にとってはとても不利な状況なのです。

 国は,一刻も早く事実を確認し,改善をしてください。もしこのまま事実を隠そうとすれば,同じ過ちは繰り返されます。そうなればよい社会は作れないし,美しい日本は作れないと思います。

 私は,私の事件を通して,私のような思いをする女性が二度となくなるようにしたいです。

 私の踏みにじられた人権を取り戻すため,同じ経験をした女性の人たちに勇気を与えるため,たたかいます。被害者が泣き寝入りをする現実があってはならないのです。私は今後も現職としてたたかいます。私の訴えていることは間違えていないと,皆さんに受けとめていただけることと信じています。

 以上です。

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