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2007年4月18日 (水)

言論・政治活動へのテロ・暴力は絶対に許してはならない!―伊藤一長・長崎市長が銃撃され死亡(追加)

 驚きと怒りでいっぱいです。伊藤氏は18日午前2時28分に亡くなりました。

 私たちも、マスコミも政府も、このようなテロ行為を絶対に許してはなりません。

 どうしても思い出してしまうのは、2006年8月15日、加藤紘一・自民党元幹事長の山形県の実家および事務所が火事により全焼した事件。このときの政府等の対応はきわめて不十分なものでした。同じことを繰り返してはなりません。

20070418_shii_l  (追加) さらに、18日の志位さんの会見が動画で配信されています。ここをクリックしてください(日本共産党のサイト内では、ここ)。

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2007年4月18日(水)「しんぶん赤旗」

憎むべきテロ行為を糾弾する
志位委員長が談話

 日本共産党の志位和夫委員長は十七日午後八時五十分、次の談話を発表しました。

 長崎市長の伊藤一長氏が、選挙運動中、銃撃され、意識不明の重体との報を聞き、この蛮行をおこなった者にたいして深い憤りを感じるとともに、強い怒りをこめてきびしく糾弾する。

 こうした卑劣なテロ行為は、わが国の自由と民主主義にたいする最も凶暴な攻撃であって、絶対に許されない。伊藤市長の回復を心から願うとともに、事件が厳正に捜査されること、こうしたテロ行為が絶対に繰り返されることがないように、必要な措置をとることを求める。

2007年4月18日(水)「しんぶん赤旗」

主張
長崎市長銃撃
政策論戦中のテロを糾弾する

 伊藤一長・長崎市長が十七日、JR長崎駅前の選挙事務所に戻ったところを拳銃のようなもので撃たれました。

 私たちは、伊藤市長に加えられたテロ行為を、満身の怒りを込めてきびしく糾弾します。

 日本共産党の志位和夫委員長は談話で、蛮行を行ったものにたいして、深い憤りと強い怒りを込めてきびしく糾弾しました。

自由と民主主義の封殺

 伊藤市長は、一九九五年に長崎市長に初当選し三期つとめて、今回の市長選に立候補していました。核兵器廃絶と平和のために努力してきた公人です。

 同じく選挙戦をたたかっている日本共産党公認の山本誠一候補と、選挙カーですれちがった直後に、事件が発生しています。山本氏がのべているように、政策論戦のさなかに銃撃するという野蛮な行為は、絶対に許されません。

 長崎市では、一九九〇年一月、当時の本島長崎市長が言論をめぐって銃撃される事件が起きています。自由と民主主義の封殺です。

 伊藤市長を銃撃した男は、暴力団組員とみられていますが、動機など詳しいことはまだわかっていません。動機が何であれ、選挙期間中に命に危害を加えるという蛮行は、自由と民主主義に対する最も凶暴な攻撃であり、断じて許しがたい暴力であることは明らかです。

 日本共産党は、その綱領で「テロの根絶」をかかげる政党として、暴力やテロはいかなる理由があれ、断じて容認することはできません。

 市民による民主的な選挙によって選ばれた市長であり、選挙をたたかっている候補者にたいするテロや暴力は、市民全体にたいするテロ暴力と同然です。それは民主主義にたいする最大の破壊行為といわなければなりません。

テロを繰り返すな

 事件が厳正に捜査されることを求めるとともに、ふたたびこうしたテロ暴力がくりかえされることのないよう、真に民主主義が尊重される社会の実現にいっそう力をつくすものです。

銃撃された伊藤長崎市長が死亡 出血多量で(asahi.com)

2007年04月18日03時48分

 17日午後7時50分ごろ、長崎市のJR長崎駅前にある大黒町の選挙事務所前の歩道で、短銃を持って待ち伏せしていた男に背後から数発撃たれた同市の伊藤一長(いとう・いっちょう)市長(61)が18日午前2時28分、出血多量のため収容先の長崎大付属病院で死亡した。銃弾2発が胸に撃ち込まれていた。伊藤市長は22日投開票の市長選に4選を目指して立候補していた。

 長崎県警は殺人未遂の疑いで現行犯逮捕していた同市風頭町、指定暴力団山口組系「水心会」会長代行、城尾哲弥容疑者(59)の容疑を殺人に切り替えて調べる。

 伊藤市長は、同市初の戦後生まれの市長。原爆投下の2週間後に疎開先の山口県で生まれた。長崎市議、県議を経て、95年に本島等氏を破って初当選した。

 就任後は、被爆地の市長として国際会議などでも発言してきた。当選した年の11月、オランダ・ハーグの国際司法裁判所での証言で、広島市長とともに「核兵器の使用は国際法に違反していることは明らか」と陳述。「違反とまでは言えない」との立場の外務省からは、文言をめぐって直前まで働きかけが続いたが、曲折の末、「違法」を明言した。

 02年8月には「原爆の日」の「平和宣言」で、同時多発テロ後の米国の核政策を「国際社会の核兵器廃絶への努力に逆行している。こうした一連の独断的な行動を断じて許すことはできない」と述べ、初めて米国を名指しで批判した。

 05年5月、米ニューヨークの国連本部で開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議の本会議場で発言。長崎の原爆で黒こげになった少年の写真を掲げ、「核兵器と人類は共存できない」と訴えた。

 今年3月、前年に続いて被爆地・長崎の反対の声を押し切り、米海軍のイージス艦が長崎港に入港。「核搭載の疑惑もある軍艦なので、残念の一言に尽きる」と語った。

 市役所内の裏金問題で自らの減給処分を決め、4月の市長選へ出馬を表明。不正に終止符を打つ構えを示した。

 伊藤市長の死亡に伴い、公職選挙法の規定により、18日から19日まで長崎市長選の補充立候補を受け付ける。同市長選には、亡くなった伊藤市長のほか新顔3人が立候補している。

伊藤長崎市長、銃撃され重体 容疑者、殺すつもりだった(asahi.com)

2007年04月17日23時03分

 17日午後7時50分ごろ、長崎市の伊藤一長(いとう・いっちょう)市長(61)が、JR長崎駅前にある同市大黒町の選挙事務所前の歩道で、短銃を持って待ち伏せしていた男に背後から数発撃たれた。伊藤市長は長崎大学病院に運ばれたが、2発が当たっており、心肺停止状態という。長崎県警は男を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕するとともに、所持していた短銃1丁を押収した。長崎市では90年1月、当時市長だった本島等氏(85)が長崎市役所玄関前で右翼団体の男に短銃で撃たれ、重傷を負う事件があった。

 逮捕されたのは、長崎市風頭町、指定暴力団山口組系「水心会」会長代行、城尾哲弥容疑者(59)。調べに対し「伊藤市長を狙った。殺すつもりだった」と容疑を認めているという。県警は背景や動機などを追及しているが、市発注工事の入札などに絡んで市長との間に以前からトラブルがあったという情報もある。

 伊藤市長は、22日投開票の同市長選に4選を目指して立候補。この日は同市南端の野母崎地区などで遊説し、漁港では午後3時から地元の住民約60人を集め、「地域の特産品を売り込み、地域の活性化を図りたい」などと話した。こうした選挙運動の後に事務所に戻ったところを狙われたとみられる。城尾容疑者は当初、選挙事務所の関係者らに取り押さえられたという。

 現場にいた男性によると、銃声は2発したという。また、伊藤市長が救急車に運ばれるところを目撃した男性は「ぐったりとして、何度も人工呼吸をしていたが、ぐったりとしたままだった。腹部が血のようなもので汚れていた」と話した。

 県警によると、伊藤市長の警備は本人からの要請がなかったため、特別にはしていなかったという。脅迫や嫌がらせなどの相談を受けたこともなかったという。水心会は長崎市に本部があり、数年前に銃に関する事件で逮捕者を出したことがあるという。

 一方、病院に駆けつけた長崎市議によると、伊藤市長は病院の救急治療室で緊急手術を受けているという。

 伊藤市長は自民党の市議、県議を経て95年4月、「平和市長」として知られていた本島等氏の5選を阻んで初当選した。長崎市初の原爆投下後生まれの市長で、初当選直後までは「平和行政は、国がやるべき仕事。地方自治体が口出しすべきではない」と話していたが、就任後は平和行政に積極的に取り組み始めた。

 当選から半年後には、オランダ・ハーグの国際司法裁判所大法廷に立ち、「核兵器使用は国際法に違反している」と涙を浮かべて証言。その後も、毎年8月9日の平和宣言で世界に向かって核廃絶を訴え続けてきた。

 市幹部ら周辺からは「被爆都市の市長という立場が、平和行政の重要さを自覚させた」と言われていた。

政治家が襲われた主な事件(asahi.com)

2007年04月17日21時17分

90年 1月 本島等・長崎市長が右翼団体の構成員に拳銃で撃たれ、重傷

    2月 衆院議員選挙に立候補していた浜田幸一氏が、個人演説会直後、暴力団組員に金属棒で殴られ、けが

   10月 丹羽兵助衆院議員が陸上自衛隊の駐屯地で刺され、死亡

92年 3月 金丸信・自民党副総裁が講演会で狙撃される

96年10月 岐阜県御嵩町の柳川喜郎町長が自宅で襲われ重傷

97年 9月 埼玉・嵐山町議が場外舟券売り場の建設計画に反対して暴力団組員に襲撃される

98年10月 羽田空港の国際化に反対していた自民党の千葉県議宅が放火される

01年10月 栃木・鹿沼市の環境対策部幹部がごみ処理の認可をめぐって廃棄物処理会社役員らに逆恨みされ、拉致されたうえ殺害

02年10月 民主党の石井紘基衆院議員が右翼団体代表に自宅前で刺殺される

06年 8月 加藤紘一・自民党元幹事長の実家と事務所が放火され全焼

(肩書などは、すべて当時)

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コメント

TBまことにありがとうございました。
事件発生まもなくTB差し上げましたが例によってできませんでしたのでコメントにて失礼します。
願いもむなしく残念な結果になりました。
真相究明を徹底的にやって欲しいと思います。そして、「平和」への声をさらに大きくしなければいけません。

 PPFVさん、お久しぶり。そうでした、PPFVさんの所からこちらにはTBできないんでしたね。かえってご迷惑を掛けてしまってすみません。わざわざコメントをありがとうございます。

 テロを許さないという立場・世論をしっかりとしたものにしたいものです。この事件でさらに気持ちを新たにしました。

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