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2007年1月29日 (月)

友寄英隆「『格差論議』を考える」

 今日の日本の貧困と格差の主要な原因が、(1)労働への報酬の歪み(2)それを許してきた労働法制の改悪などにあることが明らかになってきています。

 しかし、それだけに巻き返しも始まり、「格差論議」を封じ込めようとする動きも出て来ています(1月22日の記事に引用したしんぶん赤旗1月21日付)。

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 27日付しんぶん赤旗の友寄さんの経済時評はこの巻き返しへの反論でした。

 先日のテレビの討論会で、自民・公明の代表などが、(1)「資本主義の活力のための格差だ。日本は社会主義ではない」、(2)「最低賃金を引き上げると、中小企業がつぶれる」、(3)「貧困や格差の是正をやりすぎると、また景気が悪くなる」などと述べたそうです。

 噴飯ものですが、友寄さんはそれぞれに対してきちんと反論していきます。

 (1)の議論を換言すれば、資本主義経済の発展のためには格差は必要不可欠なものであり、格差を否定するのは社会主義の政策であるということになります。

 しかし、今格差が問題になっているのは、資本主義の下での資本(特に大資本)と労働の所得の格差が特別に異常になっているからです。特別に異常なものである以上、その特別に異常なものをごく普通のものにしていかなければなりません。そのためには資本主義の下でのルール(制度、仕組み、あり方と言ってもいいです)を正していかなければなりません。なぜなら、ルールを正さず資本と労働の自由にまかせておいたのでは、資本が市場で競争に勝ち抜いていかざるを得ないものである以上、資本は競争上不利になるような行動をとることは不可能だからです。すべての資本に公正に適用されるルール自体を改める必要があるのです。

 (2)の議論は、中小企業の経営難の原因を賃金に求めるものです。

 しかし、中小企業の経営難の原因は、大企業による下請け単価の徹底的な切り下げ、大企業による市場の剥奪、消費税の負担などによるものです。そもそも理論上は、資本主義である以上、資本はその大小を問わず、労働力の対価である賃金をはるかに上回る価値を労働者から奪い取っているのです。最低賃金を引き上げたくらいで資本がつぶれるなどということは正常な資本主義ならあり得ないことです。

 (3)の議論は、国民が貧困であっても景気は回復しているという形容矛盾のような議論です。国民が豊かになってこそ、つまりは国民の購買力が向上してこそ初めて景気が回復したと言えるのです。

 友寄さんの論説を引用しておきます。

2007年1月27日(土)「しんぶん赤旗」

経済時評
「格差論議」を考える

 通常国会での論戦がはじまるのをまえにして、テレビや新聞、月刊誌などでも、「政策論議」がさかんです。

 ちょうど昨年の今ごろからはじまった格差や貧困をめぐる議論は、一年間で大きく発展してきました。とりわけ大事なことは、今日の日本の貧困と格差の主要な原因が、ワーキングプアに象徴されるような、労働への報酬のゆがみ、とりわけ大企業の非正規雇用者などの無法な働かせ方、それを許してきた労働法制の改悪にあることなどが、しだいに明らかになってきたことです。

 財界があれだけ熱望しているホワイトカラー・エグゼンプションを、すんなりと導入できないでいるのも、こうした国民的議論を背景にした、労働者・国民の大きなたたかいの発展があったからでしょう。

「資本主義のルール」のあり方こそ焦点

 しかし、巻き返しもはじまっています。

 先日のテレビの討論会では、自民党・公明党の代表などが、「資本主義の活力のための格差だ。日本は社会主義ではない」とか、「最低賃金を引き上げると、中小企業がつぶれる」とか、「貧困や格差の是正をやりすぎると、また景気が悪くなる」など、いろいろな“反論”を試みていました。こうした“反論”にたいしては、理論的にも、政策的にも、徹底的に批判しておくことが必要です。

 たとえば、「格差の是正を」と主張すると、「日本は資本主義だ。社会主義ではない」などというのは、いわば苦しまぎれの“反論”ですが、こういう論点すり替えにも、きっちりと説得的な反撃が必要です。

2007012704_04_0  第一に、いま日本で格差がめだってきた最大の原因は、資本と労働の所得の格差(とりわけ大資本との格差)が異常に不公平になっていることです。たとえば、政府の統計でも、資本金十億円以上の大企業の役員報酬は、この十年間に千四百三十三万円から二千八百十一万円へと二倍に増えています。ところが同じ期間に、全労働者の平均賃金は三百八十八万円から三百五十二万円へと、逆に大幅に減っています(表参照)。こうした大資本と労働の格差拡大の底辺で広がるワーキングプアや深刻な貧困―こうした異常な事態を正すのは、資本主義としても当然です。

 第二に、いま論じている格差の政策論議の焦点は、「資本主義か、社会主義か」ではありません。「資本主義のルール」のあり方、そのあまりにもゆがんだ軌道を正すという問題です。

 そのさいに大事なことは、「資本主義のルール」を正すのは、なによりも「資本」のために必要だということです。なぜなら、資本は市場で競争に追い立てられていますから、個々の資本がひとりだけ労働時間の短縮や賃上げをおこなえば競争上不利になります。だから、すべての資本が、同じ一定のルールにもとづいて、労働条件などの改善をすすめる必要があるのです。

「中小企業」の苦境の原因は

 ワーキングプアをなくすための最低賃金引き上げの要求にたいして「中小企業がつぶれる」などという主張にも、理論的、実態的な反撃が必要です。

 まず理論的にいえば、資本主義である限り、大企業であれ、中小企業であれ、労働者は資本家に労働力を販売して得た賃金よりも、はるかに大きな価値をつくりだします。ですから、最低賃金を引き上げたぐらいで、資本がつぶれるなどということは、正常な資本主義ならありえないことです。

 しかし実態的には、日本の多くの中小零細企業は、利潤どころか、賃金などのコストすら取り戻せないほど、経営難に苦しんでいます。それは、けっして賃金が高いからではありません。下請け単価を徹底的に切り下げられたり、激しい競争で市場を奪われたり、あるいは零細企業の場合は、消費税などで苦しめられているからです。

 財界などが、こうした中小企業の苦しみの真の原因を棚にあげて、さも中小企業の味方のような顔で、「最賃引き上げは中小企業が困る」などというのは、まさに盗っ人たけだけしいというものでしょう。

「生存権守れ」は経済発展の原点

 「景気回復のためには格差是正は手控えよ」というのも、本末転倒の議論です。

 戦後最長の景気回復などと言われても、労働者、国民にとっては、その実感はほとんどありません。国民が本当に実感できる景気回復のためにも、国民の購買力のもとになる雇用や賃金の是正が求められています。

 日本共産党の第三回中央委員会総会決定は、「憲法二五条に保障された生存権を守る大運動―社会的連帯で貧困を打開し、生活を防衛する国民的大運動」を呼びかけました。

 この提起は、現在の日本では、国民的な大義のある課題です。憲法二五条の生存権の保障は、いわば資本主義としての最低限のルール、あらゆる経済活動を支える基礎だからです。資本主義としてのおおもとの原則、生存権がまもられていないから、安心して子どもも生めない異常な社会になっています。

 ですからこの大運動は、労働者が安心して働いていける経済、中小企業者が創意をいかして経営できる経済、農民が豊かな食料を日本の大地で生産できる経済、国民が主人公の日本経済を、社会的に連帯して下支えするという国民的意義をもっているといえるでしょう。

(友寄英隆 論説委員会)

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