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2007年1月 7日 (日)

「リベリア 再建への模索~内戦終結から3年~」

 リベリアに関するドキュメンタリーを見ました。題して「リベリア 再建への模索~内戦終結から3年~」。昨年(06年)アメリカで作られたもので、11月にNHK BS1で放送されたものです。

 初めて知ったことが多かったのでメモを残しておきます。

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 題名に「内戦」とありますが、これは前大統領チャールズ・テーラーによって、1989年に引き起こされ2003年に国際的な努力で終わらされた内戦を指します。

 そもそもリベリアは、19世紀初頭アメリカで奴隷から解放された黒人が移住し、1847年7月26日にアメリカの支援を得てリベリア共和国としてつくられた国だそうです。この経緯から、人口の5%にすぎない移住者とその子孫が地元の部族を支配し、鉄鉱石、ゴム、木材などを主要産業として繁栄してきました。

 しかし、この支配体制は、1980年4月に地元部族出身の下級兵士サミュエル・ドウがクーデターによって終わらせました。ただ、古い階級制度を廃止したものの、一緒に社会制度や法秩序も破壊し、リベリアは混乱に陥ります。

 この中で、アメリカで経済学を学びリビアで軍事訓練を受けた政治家チャールズ・テーラー1989年、圧政から解放すると武装蜂起し、97年には大統領に就任します。

 しかし、彼は独裁者であり、子どもを軍隊に無理矢理入れて恐怖政治をしきます。彼は、私腹を肥やすとともに、周辺のギニア、シエラレオネ、コートジボワールのテロ組織に武器を提供して地域を不安定にします。

 この中で99年、反政府勢力であるリベリア和解民主連合が立ち上がります。しかしこれは国民の立場に立つようなものではなく政府と同じく住民に対し、次々と残虐行為を積み重ねていきます。

 2003年にはこの勢力が首都モンロビアに侵攻します。しかしテーラーは強気の姿勢を崩さず、反政府軍と政府軍による住民への殺戮、略奪、強姦が次々と起こります。さらにもう1つの反政府勢力であるリベリア民主運動も首都に迫ります。

 こうなってもなかなか動こうとしないアメリカをはじめとする国際社会に訴えるために住民たちは、モンロビアにあるアメリカ大使館の前に内戦による死体を積み上げ介入を求めます。

 そこで、ナイジェリア軍の兵士700人からなる平和維持部隊がリベリアに送られ、アメリカも軍艦3隻をリベリアに派遣します。

 こうしてテーラーは03年8月11日にナイジェリアに亡命し、18日には、それまでの2ヶ月間の話し合いに基づき、2つの反政府勢力、テーラー政権の閣僚らが、ガーナの首都アクラで和平合意に調印して連立の暫定政府が発足します。14年にわたる内戦で、国中が破壊され、25万人が飢えと暴力の犠牲になり、避難民は100万人に上ったそうです。

 10月には国連リベリアミッション(UNMIL)という平和維持部隊が15,000人の規模で送り込まれます。主な任務は停戦と和平プロセスの監視、人道援助です。その特別代表はアメリカ国務省でキャリアを積んだジャック・クライン。

 まず、治安を確保すべく武器の回収に着手します。内戦に参加した兵士は4~5万でその70%は18才未満の少年兵だそうです。彼らは非常に貧しく、絶望し、何事も銃によって解決することしか知らないような状態でした。

 04年2月には、この暫定政府の議長ジュデ・ブライアントが国連で支援を訴え、5億ドルの資金援助が約束されます。そのうちの2億ドルがアメリカの負担だったそうです。

 これを元に、兵士の武装解除とその見返りの1人300ドルの提供が進められていきます。警察官の育成も始まります。避難民や武装解除された兵士を故郷に送り届けます。人口の85%が文盲ですから、ラジオが活用されます。

 しかし、故郷に帰っても畑は荒れたままで、畑を作る道具もなく、川で魚を捕る以外食料がありません。学校の修復も進みません。医療施設も330あるうちの3割に満たない程度しか修復ができていません。医療費の95%は支援国からの提供です。

 首都モンロビアでも100万人が水も電気もなく下水も役に立たない生活で、国連開発計画(UNDP)が毎年行っている開発評価では03年にはリベリアは評価のしようがなくリストに載ってすらいません。リストに載った国で最下位はシエラレオネで177位です。

 05年度の予算は8,000万ドルでしたが、これは必要額の10分の1です。公務員の給与も払えません。他方で、暫定政府閣僚は1台45,000ドルの車が支給されます。1台分の代金で全国の教師の給料が払える額です。

 寄せ集めの暫定政府で、政府に入ればテーラーを追い払った報酬を受け取れると考えて集まってきた者ばかりです。女性問題や医療をやろうとする暫定政府の者はいなかったそうです。金になる財務省や港湾管理などの担当に成りたがるのです。

 贈収賄、窃盗などの腐敗が蔓延して、食料品、ガソリンの価格が高騰し、歳入は落ち込みます。木材、鉄鉱石、ダイヤモンドの密貿易がはびこります。腐敗を無くそうという真剣さが政府にはありません。

 国民の失業率は85%に達し、人口の7割が1日1ドル以下での生活に追い込まれ、04年10月31日には首都で暴動も起こります。国民同士で無益に殺し合っているので和解も困難です。

 そんな中、和解合意に基づき、05年10月11日に大統領選挙が行われます。1回目の選挙では過半数を獲得した者ががいなかったため上位2人で決選投票になります。当選したのは、ハーバード大学出身の経済学者で、30年に渡りリベリアの政治に関わってきたエレン・ジョンソン=サーリーフでした。得票率59.6%で15万票以上の大差をつけました。アフリカ初の女性大統領です。ちなみに対立候補はサッカー選手のジョージ・ウェアでした。

 腐敗の一掃が必要です。リベリアは金、ダイヤモンド、ゴム、鉄鉱石など豊富な天然資源に恵まれており、かつてはアフリカの中で比較的豊かな国でした。500キロを超える海岸線をもち600種類以上の魚が捕れます。モンロビアにはアフリカ有数の港があります。これらを生かした国造りが期待されます。

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