2009年6月19日 (金)

安藤たい作ニュース86号「3人に1人が認可保育園に入れない/行政が責任を持つ認可保育園を増設し、待機児を解消するのが区の役割ではないでしょうか!」

Andounews0086    「安藤たい作ニュース86号」(PDF)

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安藤たい作ニュース全目次(新しいもの順)

Andou20070321

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2009年6月14日 (日)

映画「アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン」

 トラン・アン・ユン監督。

 同じ監督の「青いパパイヤの香り」(2008年8月17日の記事)を気に入っていたので、期待して見に行きましたが、つまらない作品でした。

 もちろん何かを考えたり感じたりして作ったのでしょうが、それは、単に監督個人の頭の中だけに浮かんだ観念的、自己満足的なものに過ぎず、僕には何も迫ってきませんでした。

 駄作、失敗作だと思います。

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映画「ゾラの生涯」

 ウィリアム・ディターレ監督。

 ドレフュス事件とその中でのゾラの闘いを軸にして、真実と正義に生きたゾラの生き方を描いた作品。1937年のアメリカ映画ですが、テレビで見ました。分かり易く面白い作品でした。

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2009年6月 3日 (水)

核兵器廃絶の流れの中でも露わになる日本の外交戦略不在

 GAKUさんのブログ「Internet Zone--WordPressでBlog生活」記事(エントリー)で知りましたが、そこにある同じ毎日新聞の記事を引用させて貰います。

 日本に駐留するアメリカ軍には、日本を防衛する任務の部隊は1つもなく、アメリカ自身の軍事・外交戦略に則って第三国を攻撃する部隊しかいないのにも拘わらず、日本政府は、日米安保条約によって日本の安全は守られていると偽りを述べて、日本の安全保障を蔑ろにしてきました。最近の国際政治においてさらに大きく成長してきた核兵器廃絶の流れの中で(4月30日の記事参照)、その日本政府の無責任な安全保障政策と外交戦略の不在が、一層露わになってきています。

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風知草:麻生の手紙、志位の手紙=専門編集委員・山田孝男
(毎日新聞 2009年6月1日 東京朝刊)

 「すげえ話だ」

 「どの辺が?」

 「だって、核兵器を持ってる国が捨てると言ったんだからこれは、すげえ話よ」

    ×  ×  ×

 オバマ米大統領の核兵器廃絶演説をめぐる麻生太郎首相と志位和夫共産党委員長の対話(5月20日)である。15分間の党首会談。もちろん、「すげえ」を連発したのが首相だ。

 いかにも、オバマ演説(4月5日、プラハ)は歴史的だった。最大の核保有国の指導者でありながら「核兵器のない世界をめざす」と誓った。そのために行動することが、広島、長崎に原爆を落とした米国の「道義的責任」だと言った。

 志位が4月28日付でオバマに称賛の手紙を送ったところ、5月5日付で返書(デイビス国務次官補代理の代筆)が来た。大統領の謝意に続いて「日本政府との協力を望む」とあり、それを麻生に伝えた。

 実は麻生も演説を聞いてオバマに親書を送っていた。こちらは4月15日付。非公表だが、本紙報道によれば、核兵器の廃絶宣言を支持しつつ、「日米安保体制の下における核抑止力を含む拡大抑止は重要」だとクギを刺したという。

 拡大抑止とは、強国が自国だけではなく、同盟国の防衛にもにらみを利かせること。「いざとなったら『核の傘』で守ってくださいよ」と麻生は大統領に念押しした。中曽根弘文外相の軍縮演説(4月27日)にも同じ表現が出てくる。

 「それでは核抑止という考え方自体を否定したオバマ演説と相いれない」と見る志位は、米側に拡大抑止は求めず、言葉を選びながら、核拡散防止条約(NPT)体制が揺らいでいる責任は核廃絶の努力義務を負いながらサボってきた核保有国にこそある、と書いた。

 この手紙の作成に志位はエネルギーを集中した。パソコンで推敲(すいこう)を重ね、一度書き上げて破り捨て、半徹夜で400字詰め原稿用紙にして7枚の原文を仕上げた。英訳し、共産党委員長として初めて在日米大使館に乗り込み、ズムワルト臨時代理大使に手渡している。

 東京の麻生・志位会談と同じころ、オバマは、ホワイトハウスにキッシンジャー、シュルツ(ともに共和党政権の元国務長官)、ペリー(民主党政権の元国防長官)、ナン(元上院軍事委員長、民主党)の4人を招き、意見交換していた(現地時間5月19日)。

 かつて「力の均衡」に基づく核戦略の中枢にいたこの4人は、米ウォールストリート・ジャーナル紙の連名の寄稿(07年1月4日付と08年1月15日付)で「抑止力の有効性は低下する一方で、核廃絶しかない」と訴え、反響を呼んでいた。

 オバマと超党派の大物4人の連携は、外務省のある幹部に言わせれば「自民、民主の大連立並みの衝撃」。別の幹部は「核兵器に依存しない新しいパワーストラクチャー(国際間の権力構造)を生み出すチャンスだが、我々は核政策について掘り下げて考えた経験がなく、準備がない」と指摘した。

 手紙を出して記者会見、返事をもらってまた会見という張り切りようで「はしゃぎ過ぎ」とからかわれている志位だが、戦略不在の空白を突いた鋭い切り込みだったと思う。

 ワシントンと世界の新潮流が戦後の日本の常識を超え、なかなか「すげえ」ことになった。どうするのか。政治の構想力が問われている。(敬称略)(毎週月曜日掲載)

核廃絶:国会決議へ調整…抑止力めぐり難航も
(毎日新聞 2009年5月8日 21時17分(最終更新 5月9日 0時49分))

 核廃絶を目指す包括的戦略を表明したオバマ米大統領のプラハ演説を受け、核廃絶を求める国会決議の採択に向けた動きが出てきた。衆院議院運営委員会は8日の理事会で、決議の案文を調整して与野党協議に入ることで合意した。この種の国会決議は最近10年間は行われていない。だが米国の「核の抑止力維持」を求める議員と、核完全廃絶を訴える議員の隔たりは大きく、調整は難航が必至だ。

 民主党は「核廃絶・軍縮・不拡散に向けた努力を一層強化すべきだ」などとする決議案文を各党に非公式に示している。文案が抽象論にとどまるのに社民党は難色を示している。

 理事会後、社民党の福島瑞穂党首は国会内で河野洋平衆院議長と面談。河野氏は「プラハ演説直後に、日本も『その通りだ』と言うべきだった。非核保有国が機運を作らなければいけない」と語った。プラハ演説の翌日、河野氏は横路孝弘副議長らに決議の採択を検討するよう提言していた。

 麻生太郎首相は、オバマ大統領への親書で「日本にとり、日米安全保障体制下での核抑止力を含む拡大抑止は重要」とプラハ演説にクギを刺した。河野氏の発言は、こうした姿勢を暗に批判したとみられる。だが、麻生首相は8日の衆院予算委員会でも、核開発を続ける北朝鮮を念頭に「核の抑止力は日本にとって大きな要素」と答弁した。【野口武則、木下訓明】

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映画「60歳のラブレター」

 深川栄洋監督。古沢良太脚本。

 年上の知り合いご夫婦が見てとても感動していたので、僕も見て来ました。確かに、2組の60歳の夫婦の揺れや結び付き、また1組の恋愛を、感動的に見せてくれました。最後がちょっとステレオタイプかなとも思ったのですが、興醒めするという訳ではありません。また、作品の中心となっている夫婦が2人とも見た目が良すぎるかなとも思えるのですが(中村雅俊と原田美枝子)、やはり娯楽作品としてはこうした方が良いかとも思えます。最近の原田美枝子さんには改めて注目させられているのですが、この作品でもとても良かったと思いました。

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映画「グラン・トリノ」

 クリント・イーストウッド監督。

 イーストウッドさんが出てる映画を見たのは、高校時代に見た「ダーティハリー」以来です。当時この映画を結構気に入って、イーストウッドの名前はしっかりと僕の頭に刻まれました。その人がまもなく監督にもなり、さらに最近は「父親たちの星条旗」、「硫黄島からの手紙」など、僕も興味を惹かれ、また高く評価されるような作品を発表しているので、そのうち見なきゃなと思っていた所に、この「グラン・トリノ」です。興味を押さえられず見て来ました。

 最近の僕の好みは、ハリウッド的なもの、アメリカ的なものには拒絶反応を示すようになっているのですが、これは気に入りました。

 元々この作品の主人公のような頑固爺が好きだという、僕の人間の好みもあるのですが、テーマも良いものでした。

 パンフレットにあるインタビューで、イーストウッドさんは、「人がそれまで目を向けてこなかったことについて考えさせられ、精神面で変化して行くというストーリーが好きなんだ」、「人生において何かに気がつき、さらに社会に貢献していくというのは素晴らしいドラマだと思う」と語りながら、一方で、「なぜそのストーリーが気に入ったのかという理由については、あえてあまり深く考えないようにしている。頭で考えることではなく、心で感じとることを優先しようと思うからね」とも語っています。

 主人公は、朝鮮戦争の戦場で少年を殺害してしまったことから、逆に心に一生消えない重い傷を負う羽目になりながら、誰ともその苦しみを分かち合えず、また、恐らくその生来の頑固さもあって、孤独な生涯を送って来ました。それが、たまたま隣に住むようになったアジア人家族との交流の中で、その孤独感が溶かされて行きます。この変化が気持ち良く描かれています。

 ところが、この家族は、町のチンピラから酷い目に遭わされるようになり、主人公は、これに対して暴力ないし暴力的な威嚇によって対抗して、この家族を助けます。しかし、これによっては結局問題は解決せず、悪化しさえします。そこで、主人公はさらに別の手段でこれに立ち向かって行きます。

 イーストウッドさんは、上記のように、何故気に入ったかは深く考えないようにしていると述べていますが、見る側はそれを深く考えることが出来ます。とても良い作品でした。

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2009年5月15日 (金)

映画「ベルサイユの子」

 ピエール・ショレール監督。ギョーム・ドパルデュー主演。

 かなり良い作品でした。

 パリで小学生低学年くらいの子供と共にホームレス生活に陥った母親が、ベルサイユ宮殿を囲む森の中でホームレス生活を送る30代の男(ギョーム・ドパルデュー)と出会います。森の中では他にも何人かのホームレスが生活しています。母親は、男の下に子供を置いて、ホームレス生活から抜け出す努力を必死で始め、成功します。男は、子供のためにホームレス生活から抜け出す努力を始め、失敗します。その間に、森の中のホームレス達の生活と会話(思想)、そしてその1人の死が描かれます。また、男とその父親の葛藤、生活、会話(思想)も描かれます。子供も、男と父親ならびにその伴侶のお蔭でホームレス生活から抜け出します。これらを通じて、ホームレスを巡るフランスの社会と制度が描き込まれています。

 事情も異なり、感じ方・考え方も異なり、従ってその後の人生の展開も異なる3人のホームレスの人間を描くことによって、ショレール監督に依れば90万人のホームレスを抱えるフランス社会を見せ、感じ考えさせてくれた作品でした。

 ショレール監督は、「我が国は目には見えない社会的な分裂状態にあります。」「今や見失われつつある人権社会ですが、壮麗な宮殿のように、まだ現在も確かに存在するのです。この国の不正を語ることが、ベルサイユ宮殿が象徴するフランスの黄金期を取り戻す最初の一歩である。」と語ります。

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映画「つみきのいえ」

 加藤久仁生監督。平田研也脚本。

 12分と短い作品ですが、含蓄を感じさせられ、なかなか良い作品です。渋い色合いと台詞のない進行、そしてちょっとしたおじいさんの表情が、色々と感じさせ想像させてくれます。

 最初見たときに何より印象に残ったシーンは、海中でおじいさんが落としたパイプを拾おうとして、突然昔おばあさんがパイプを拾ってくれたときを思い出すシーンでした。

 また、始まりも終わりもおじいさん1人の夕食のシーンですが、始まりでは騒々しいテレビを見ながらの食事で却って寂しさを感じさせますが、終わりではテレビの音はなく、むしろ海中で拾ってきた昔おばあさんと一緒に飲んだワイングラスとの乾杯の音で終わり、新たな活力や希望を感じさせました。

 短いだけに時々見直してみるのも良いかも知れません。

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映画「象の背中」

 井坂聡監督。秋元康原作。

 余命半年を宣告された末期癌患者を役所広司が演じて、特に前半まずまず見せてくれます。しかし、後半になると、現実を踏まえず単に頭の中だけの勝手な空想で描かれた絵空事の感を与え、鼻白ませます。

 きっと、末期癌というテーマを真面目に追求する意図で作られた作品ではなく、客を泣かせるための商品を作ろうという意図の下に作られた作品なのでしょう。

 見て悪い作品とは言いませんが、重いテーマに惹かれて見ようと思ったなら、残念ながら見る必要の全くない作品です。

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2009年5月 3日 (日)

世界は変わり始めた-憲法9条が生きる時代(補充)

生まれて62年 憲法記念日
いま憲法9条が生きる時代
世界は変わりはじめました
(日本共産党HP)

 上記のリンク先は、5月3日付の読売新聞に掲載された、日本共産党中央委員会の意見広告です。確かに、軍事力、従って戦争で問題に決着を付ける試みは失敗し、他方で、政治力・外交力で紛争を解決する試みが広がり、また成果を上げています。

 恒例となった5月3日の憲法集会では、作家の落合恵子さん、ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英さん、社会民主党の福島みずほ党首がスピーチしたそうです。

 また、日本共産党の志位和夫委員長は、「核兵器廃絶と日本国憲法9条」をテーマに発言し、憲法9条には、「二度と戦争を起こしてはならない」という決意とともに、「核戦争を絶対に阻止したい」という願いが込められており、それを世界の人びとによびかけたところに、この条文の世界史的な意義があると述べたそうです。

 これらの記事や動画を引用しておきます。

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2009年5月4日(月)「しんぶん赤旗」

銀座をパレード

2009050401_01_1b (写真)左から、大黒、笠井、志位、市田、益川、(1人おいて)福島の各氏ら

 東京・日比谷公会堂で開かれた「憲法集会」後の銀座パレードには、日本共産党の志位和夫委員長、ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英氏、社民党の福島みずほ党首、全労連の大黒作治議長らが先頭に立ったのをはじめ、日本共産党の市田忠義書記局長、笠井亮衆院議員が参加しました。

2009年5月4日(月)「しんぶん赤旗」

“9条を世界遺産に”
「近所で説得されるんです」
改憲派からぼやき

 「近所にすばらしい奥様がいらっしゃるんですが、『九条を世界遺産に、改正したら戦争をする国になる』と、道で会うたびに私を説得しようとするんです」

 三日に都内で行われた、改憲をめざす民間憲法臨調のフォーラムで、自民党の山谷えり子参院議員はこうぼやきました。

 山谷氏は「『九条の会』がつくられて、高校の教科書には、いかに『九条の会』が立派な活動をしているかが書いてある。高校生の調査では、六割が『憲法九条を改正すべきでない』と答えている」と、憲法改定に反対する世論の広がりを嘆きました。

 民間憲法臨調作成の小冊子を宣伝した司会の西修駒澤大学教授は「読売新聞にベタ記事で報告されている」と述べた後で、「こちらはベタ記事ですが、一面広告で、“憲法九条を守りましょう 日本共産党”と大きく対峙(たいじ)されている」と日本共産党の広告に触れました。

 ほかにも「昨年来、ちょっと状況が変わってきた。一貫して改憲派の方が多数であったのに、護憲派の巻き返しが目立ってきた」(大原康男国学院大学教授)などの発言が相次ぎました。

「核兵器廃絶と日本国憲法9条」
(憲法集会での志位和夫・日本共産党委員長のスピーチ)

2009年5月4日(月)「しんぶん赤旗」

核兵器廃絶と日本国憲法9条
憲法集会での 志位委員長の発言

 みなさん、こんにちは(拍手)。ご紹介いただきました日本共産党の志位和夫でございます(拍手)。今日は、広い会場いっぱいのみなさんにくわえ、外でも多くの方々にお集まりいただき、感激しております。どうか最後までよろしくお願いします。(拍手)

 今日、私は、「核兵器廃絶と日本国憲法第九条」というテーマでお話しさせていただきたいと思います。

 核兵器廃絶を求める運動と、憲法九条を守り生かす運動は、戦後の日本国民の平和を求めるたたかいの二つの柱として発展してきましたけれども、この両者はどういう関係にあるのか。このことを世界と歴史の大きな視野からごいっしょに考えてみたいと思います。

被爆国・日本から「核兵器廃絶をめざす国際交渉を開始せよ」の声を広げよう

 世界を見ますと、この間、核兵器をめぐる情勢の大きな進展が起こりました。

 米国のオバマ大統領が、四月五日、プラハで行った演説は、世界に対して大きな問題を提起するものとなりました。私は、オバマ演説を、次の三つの点に注目して読みました。一つは、米国が「核兵器のない世界」――核兵器廃絶を国家目標とすると初めて公式にのべていることです。二つは、広島・長崎への原爆投下が、人類的道義にかかわる問題だと初めて表明し、その立場から行動する責任について語っていることです。三つは、「核兵器のない世界」にむけて諸国民に協力を呼びかけていることであります。私は、日米関係のあり方については、米国政府とはもとより立場の大きな違いがありますが、オバマ大統領のこれらの一連の言明は、心から歓迎するものであります。(拍手)

 私は、この演説はたいへん重要だと考え、四月二十八日、オバマ大統領に核兵器廃絶への具体的行動を要請する書簡を送りました(拍手)。アメリカ大使館を初めて訪問し(拍手)、ズムワルト臨時代理大使に書簡を手渡しました。

 書簡では、私の歓迎の気持ちを伝えるとともに、「同意できないこと」も率直にのべました。それは大統領が「核兵器のない世界」を呼びかけながら、その実現は、「おそらく私の生きているうちには無理だろう」といっていることです。

 私がこれに「同意できない」といったのは、理由があります。今年で戦後六十四年になりますが、核兵器保有国が、核兵器廃絶を正面からの主題にして国際交渉に取り組むことは、歴史上誰の手によってもまだ行われていないからです。交渉はおろか、交渉の呼びかけすら行われたことがありません。もちろん交渉の呼びかけから、交渉の開始、そして合意、さらに実行までには時間がかかるかもしれませんが、どれだけの時間がかかるかは、取り組んでみないとわかりません。取り組む前から「生きているうちには無理」というのは、気が早いのではないでしょうか。(拍手)

 その意思さえあれば、すぐにでもできることがあります。それは米国大統領として核兵器廃絶を正面の主題にした国際交渉を呼びかけ、交渉を開始することです。これはすぐにでもとりかかれることではないでしょうか(拍手)。ぜひ大統領のイニシアチブで、核兵器廃絶のための国際条約の締結をめざして国際交渉を始めてほしい。私は、書簡で、このことを強く要請しました。(拍手)

 アメリカに前向きの変化を促した根本の力は何でしょうか。私は、それは平和を願う世界諸国民のたたかいだと思います(拍手)。そして、この人類の生存がかかった大問題の帰趨(きすう)を決めるのも、諸国民のたたかいであります。みなさん、いまこそ唯一の被爆国・日本で、「核兵器廃絶をめざす国際交渉を開始せよ」の声を広げようではありませんか。(大きな拍手)

憲法9条には「核戦争を絶対に阻止したい」という願いが込められている

 みなさん。核兵器廃絶のたたかいと、憲法九条を守り生かすたたかいは、実は深くむすびついています。そのことを歴史の視野から見てみたいと思います。

 憲法九条はどうやって生まれたか。一九四五年六月に決められた国連憲章では、二度にわたる世界大戦の惨禍をふまえて「武力の行使、武力による威嚇」を厳しく禁止しました。翌四六年十一月に公布された日本国憲法第九条は、国連憲章のこの立場を踏まえながら、さらに進んで「戦争放棄」とともに一切の「戦力保持の禁止」を明記しています。

 日本国憲法九条には、国連憲章を踏まえつつ、国連憲章からさらに前に向かっての飛躍があります。恒久平和主義を徹底する方向への飛躍があります。それでは、この飛躍はいったいどうして生まれたか。

 日本軍国主義の侵略戦争がもたらしたアジアで二千万人、日本国民で三百十万人という甚大な犠牲とそれへの反省が、憲法九条を生み出す土台となったことはいうまでもありません。同時に、私たち日本国民が憲法九条を持つにいたったのには、私は、もう一つ事情があると思います。

 国連憲章が決められた一九四五年の六月の時点では、人類はまだ原子爆弾を知りませんでした。そのあとの七月に人類初の核実験が行われ、八月に広島・長崎に原爆が投下されました。この原子爆弾によって、二十万人を超える無辜(むこ)の人々の命が一瞬にして奪われ、美しい二つの都市が一瞬にして廃虚と化し、幾世代にもわたる言語を絶する犠牲をこうむりました。この地獄を、世界のどこでも二度と繰り返してはならないという強い思いが、憲法九条という私たちの宝を生み出した。私は、歴史のこの事実を強調したいと思うのであります。(大きな拍手)

 ここに日本国憲法が公布された一九四六年十一月に、内閣が発行した『新憲法の解説』と題する冊子があります。この冊子では、憲法第二章「戦争の放棄」の意義について、次のようにのべています。

 「一度び戦争が起これば人道は無視され、個人の尊厳と基本的人権は蹂躙され、文明は抹殺されてしまう。原子爆弾の出現は、戦争の可能性を拡大するか、又は逆に戦争の原因を終息せしめるかの重大段階に到達したのであるが、識者は、まず文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を抹殺するであろうと真剣に憂えているのである。ここに於て本章の有する重大な積極的意義を知るのである」

 昔は政府もずいぶん良いことをいっています。(笑い、拍手) 

 原子爆弾の出現によって、文明と戦争は両立しえなくなった。「文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を抹殺する」。そういう恐るべき現実が目の前に生まれました。それならば文明の力によって戦争を抹殺しよう。戦争を放棄し、陸・海・空軍、一切の戦力を放棄しよう。それを世界に先駆けて実行しよう。こうして私たちの誇る日本国憲法第九条が生まれたのであります。(拍手)

 憲法九条には、「二度と戦争を起こしてはならない」という決意とともに、「核戦争を絶対に阻止したい」という願いが込められており、それを世界の人々に呼びかけたところに、この条文の世界史的な意義があるということを、私は訴えたいと思います。(大きな拍手)

麻生・自公政権―前向きの「変化」は目に入らず、悪いところにだけ追随する

 麻生・自公政権は、この平和の課題にどういう態度をとっているでしょうか。

 この政権には、アメリカの前向きの「変化」は目に入りません。(笑い)

 中曽根外務大臣が、四月二十七日、オバマ演説を受けて、「ゼロへの条件――世界的核軍縮のための『11の指標』」なる講演を行っています。ここでは、オバマ演説を「強く支持する」といいながら、米国には核兵器廃絶のための具体的努力を何一つ求めていません。世界によびかけた「11の指標」のなかにも核兵器廃絶という項目がありません。「ゼロへの条件」というけれど、核兵器廃絶という点では“零点”をつけなければなりません(笑い)。そしてこの講演では、「日米安全保障体制の下における核抑止力を含む拡大抑止が重要」と、米国の核戦力への依存を続ける態度を表明しています。米国大統領が、「核兵器のない世界」への協力を呼びかけているときに、米国の核戦力への依存を言う(笑い)。被爆国の政府として恥ずかしい限りではありませんか。(「そうだ」の声、大きな拍手)

 他方、この政権は、アメリカが「変化」していない部分では、いいなり政治をつづけています。オバマ政権は、いまのところ日米関係では「変化」が見られません。米軍基地を強化・永久化し、自衛隊海外派兵を求めるという点では、「変化」が見られません。日本政府は、こういう問題に限っては忠実そのものです。(笑い)

 アフガニスタン戦争を支援するための自衛隊派兵を、何が何でもつづけています。そして、ソマリア沖に「海賊対策」として自衛隊の軍艦を派兵し、武器使用基準を緩和し、これまでともかくも「正当防衛」に限られていた武器使用を、「任務遂行」にも拡大しようとしています。米軍などが行っている銃撃戦や、「海賊」の殺害、船の撃沈を可能にする、本格的な武力行使への道を開こうとしています。戦後初めて「殺し、殺される」危険が目の前に迫っています。日本の軍隊は戦後一人も他国の国民を殺さずにきました。これは九条の偉大な力によるものであります(拍手)。この歴史を守ろうではありませんか(拍手)。憲法違反の海外派兵法を許すなの声を、ここでいっしょにあげようではありませんか。(大きな拍手)

 自民、民主の両党から、集団的自衛権――海外での武力行使容認の合唱が起こり、憲法審査会を始動させて、憲法改定原案を作ろうという動きが起こっています。わが党は断固として反対であります。こうした逆流を許さず、憲法九条を守る、揺るぎない国民的多数派をつくろうではありませんか。(拍手)

 麻生・自公政権は、世界の平和の声に促されて起こったアメリカの前向きの「変化」は目に入らず、ついていけない。「変化」していない部分では異常ないいなり政治をつづけています。良いところにはついていけなくて、悪いところには追随する(笑い)。哀れな姿ではありませんか。こんな政治に未来はないことは明らかではありませんか。(大きな拍手)

新しい情勢のもとで、「核兵器のない世界」「戦争のない世界」をめざそう

 みなさん。いま世界は大きく変わりつつあります。軍事力にモノを言わせて世界を支配する時代は終わりつつあります。どんな問題でも、外交的な話し合いで平和的に解決する、新しい時代が到来しつつあります。私は、日本国憲法第九条の出番の情勢だと訴えたいと思います。(拍手)

 この新しい情勢のもとで、憲法九条を守り生かすたたかいと、核兵器廃絶を求めるたたかいを、それぞれを大きく発展させながら、平和をつくる一つの大きな流れに合流させ、核兵器のない世界、そして戦争のない世界を築こうではありませんか。ともにがんばりましょう。(大きな拍手)

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2009年4月30日 (木)

核兵器廃絶問題 志位委員長がオバマ米大統領に書簡(補充)

 今日、志位和夫・日本共産党委員長の「核兵器廃絶問題でのオバマ米大統領への書簡」が、日本共産党のホームページに公表されていました。ここにも引用しておきます。

 その後、しんぶん赤旗5月1日付でも報道されたので、その記事なども併せてリンクしておきます。

4月30日の志位委員長の記者会見

4月30日にホームページに発表された書簡全文

その英文

5月1日付しんぶん赤旗の報道記事

5月1日付しんぶん赤旗に発表された書簡全文
(意味段落に番号が振られたもので下に引用。注釈とオバマ大統領自身の演説もあり)

5月1日付しんぶん赤旗に掲載された記者会見詳報

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核兵器廃絶問題でのオバマ米大統領への書簡

アメリカ合衆国大統領

バラク・H・オバマ殿

 私は、核兵器による言語を絶する惨害を体験した世界でただ一つの被爆国において、この地球上から核兵器を廃絶することを日本国民とともに求め続けてきた一政党を代表して、この書簡を送るものです。

 4月5日、大統領が、プラハで行った演説を、私は大きな感銘をもって読みました。

 あなたは演説の中で、「米国は核兵器のない、平和で安全な世界を追求していくことを明確に宣言する」とのべ、核兵器の最大の保有国アメリカが、「核兵器のない世界」――核兵器廃絶を国家目標とすることを初めて明示しています。

 また、あなたは演説の中で、「核兵器を使用したことのある唯一の核兵器保有国として、米国は行動する道義的責任がある」とのべ、広島・長崎での核兵器の使用が人類的道義にかかわる問題であったことを、アメリカの大統領として初めて世界に表明するとともに、その立場から核兵器廃絶にむけた責任について語っています。

 さらに、あなたは演説の中で、「協力のよびかけを非難したり、一笑に付すのは簡単だが、臆病な行為でもある。それは戦争のきっかけともなる。そこでは人間の進歩はとまってしまう」とのべ、「核兵器のない世界」にむけて「一緒になって平和と進歩の声を高めなければならない」と、世界の諸国民に協力を呼びかけています。

 あなたが米国大統領としての公式の発言で、こうした一連の言明をおこなわれたことは、人類にとっても、私たち被爆国の国民にとっても、歴史的な意義をもつものであり、私はそれを心から歓迎するものです。

 ただ、大統領が演説の中で、「核兵器のない世界」の実現は「おそらく私が生きているうちには無理だろう」とのべられていることには、私は同意するわけにはいきません。なぜなら、核兵器を保有する諸大国が、核兵器廃絶を共通の目標として、その実現のための交渉にとりくむということは、いまだに誰の手によってもおこなわれておらず、初めての仕事にとりくむときに、どれだけ時間がかかるかを、あらかじめ決めることは、誰にもできないはずだからです。

 国連が創設後、初めておこなった総会決議第1号(1946年1月24日)は、貴国など6カ国の提案、全加盟国の一致した賛成のもとに、国連が「原子力兵器などいっさいの大量破壊兵器の廃棄」にとりくむことを決定しました。しかし、それ以降の63年間に、核兵器を保有する大国間で、核兵器廃絶を正面からの主題としての交渉はもとより、交渉の呼び掛けさえ、行われないできたではありませんか。

 いま大統領が、「核兵器のない世界」をめざすイニシアチブを発揮することは、これまで誰もとりくんだことのない前人未踏の挑戦への最初の扉を開くものになるでしょう。交渉の呼び掛けから交渉の開始まで、そして開始から合意までには、多くの時間が必要とされるかもしれません。それは、あなたのいわれるように「辛抱強さと粘り強さ」が求められる歴史的事業でしょう。しかし、いまその事業を開始する、そのためのイニシアチブを発揮してこそ、プラハでのあなたの演説が、世界平和と進歩のための生きた力をもつことになると、私は考えます。私は、大統領に、核兵器廃絶のための国際条約の締結をめざして、国際交渉を開始するイニシアチブを発揮することを、強く要請するものです。

 大統領は、プラハでの演説の中で、「核兵器のない世界に向けた具体的措置」として、新しい戦略核兵器削減条約の交渉開始、包括的核実験禁止条約の批准、兵器用核分裂物質の製造を禁止する条約の追求などをあげています。私は、これらの具体的措置は、核兵器廃絶という目標と一体に取り組まれてこそ、肯定的で積極的意義をもつものとなりうると考えます。

 これまでにもこうした部分的措置にかかわる交渉は行われてきましたが、私は、核交渉の全経過が、核兵器廃絶という目標ぬきの部分的措置の積み重ねでは、「核兵器のない世界」に到達できないことを証明した、と考えます。実際、世界にはいまも2万個をこえる核兵器が存在しているではありませんか。

 とりわけ、1963年に締結された部分的核実験停止条約が、大気中での核実験は禁止したものの、地下核実験を合法化し、結果的に大規模な核軍拡競争をもたらす引き金となったことは、忘れることはできません。

 核不拡散条約(NPT)の体制をめぐっても、事情は同じです。五つの大国が核兵器を持ちながら、他国にだけ非核保有を義務づけるというこの条約は、歴史に前例のない差別的な条約です。わが党は、どんな理由であれ核兵器を持つ国が増えることにはもとより反対ですが、こうした条約の不平等性・差別性を批判してきました。

 それでもそうした不公平を、国際社会が受け容れたのは、理由があります。それは、核保有国が核兵器廃絶への真剣な努力をおこなうことを約束したからにほかなりません。そして、この条約にもかかわらず、新規の核保有国やそれを計画する国が増え続けているのは、NPTが発効して以後39年間、この約束が果たされてこなかったことに最大の原因があることを、率直に指摘しなければなりません。

 とりわけ、2000年のNPT再検討会議のさいに、「核兵器の全面廃絶に対する核兵器保有国の明確な約束」が同意されたにもかかわらず、2005年の再検討会議では貴国の前政権などによってこの約束が否定されたことは残念なことです。大統領は、プラハでの演説で、「この体制(NPT)が持ちこたえられない地点にまで到達してしまうかもしれない」と表明されましたが、あなたにそうした危険を強く感じさせている根底には、核保有国が過去39年間にとってきたこうした態度があるといわなければなりません。

 この危険から脱出する道は、核保有国が核兵器廃絶への約束に誠実で責任ある態度をとる方向に転換することにあります。核保有国は、自らが核兵器廃絶にむけた真剣なとりくみをおこなってこそ、他の国々に核兵器を持つなと説く、政治的・道義的な説得力を持つことができることを、強調しなければなりません。2010年の再検討会議において、核保有国によって、核兵器廃絶への「明確な約束」が再確認されることを、私は強く願ってやみません。

 わが党は、日米関係については、現在の支配・従属の関係を、対等・平等の関係に転換することを党の基本路線としています。対等・平等のもとでこそ、両国間の真の友情が可能になるというのが、私たちの確信です。この点については、貴国政府の立場とわが党には多くの相違点が存在しますが、この書簡ではあえて核兵器廃絶という人類的課題の一点にしぼって、私たちの考えをお伝えしました。

 核兵器が使われないことを保障する唯一の方法は、「核兵器のない世界」をつくることであり、大統領は、その大目標を世界の前に提起されました。この書簡が、あなたの発言を歓迎する立場から、その発言の精神が世界政治で生きた力を発揮することを願ってのものであることを重ねて表明し、日米両国間の友好と友情が発展することを心から希望して、結びとします。

2009年4月28日

日本共産党幹部会委員長

衆議院議員 志位 和夫

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2009年4月25日 (土)

安藤たい作ニュース85号「またもや区内に巨大ショッピングセンター出店/大型家電、ホームセンターにスーパー、ドラッグストア。経営は、東京都競馬㈱」

Andounews0085    「安藤たい作ニュース85号」(PDF)

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2009年4月20日 (月)

蓮池透『拉致-左右の垣根を超えた闘いへ』

20090420155317c11  本の宣伝です。尊敬する松竹伸幸さんの呼びかけに応えてここにも広告を掲載しておきます。画像をクリックしてください。ゴールデンウィーク開けに書店に並ぶそうです。

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2009年4月16日 (木)

安藤たい作ニュース84号「官製ワーキングプア解消へ第一歩/区立保育園での一時保育事業・オアシスルームでの『派遣』解消へ」

Andounews0084    「安藤たい作ニュース84号」(PDF)

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2009年3月 5日 (木)

安藤たい作ニュース83号「区民の立場で活発な予算委員会に/新年度予算のチェック、区民要求届ける/議会の役割の発揮のしどころです!」

Andounews0083    「安藤たい作ニュース83号」(PDF)

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2009年3月 4日 (水)

オバマ氏が「中道左派」「社民主義」「革命」???!!!

 新自由主義というものは、僕にはカルト集団の根拠無き「信仰」にしか見えないし(2008年9月19日の記事)、既に各国でその誤りが何度も実証され、かつ今は世界的規模でその誤りが実証され始めていると思うのですが、アメリカのジャーナリスト達はまだまだその迷妄から解放されてないようです。個人的なことなら放っておいてもいいのですが、社会的なことですからそういう訳にも行きません。やれやれ・・・。

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2009年3月3日(火)「しんぶん赤旗」

米メディア 予算教書めぐり議論百出
「中道左派」「社民主義」「革命」
保守派 警戒心あらわ

 「中道左派」「社民主義」「革命」―オバマ米大統領が概要を発表した二〇一〇会計年度の予算教書をめぐり、米メディアで議論が百出、とくに保守派が警戒心をあらわにしています。(ワシントン=小林俊哉)

 「中道左派予算」と評したのはCNNのキャンディー・クローリー政治担当上級記者。レーガン政権以来約三十年間、経済格差の拡大を当然視した「新自由主義」の考え方が主流だったなかで、「庶民減税」「金持ち増税」を打ち出した予算教書は「中道左派」に見えるようです。

 保守派の政治評論家チャールズ・クラウトハマー氏が二月二十七日付ワシントン・ポスト紙に掲載したコラムの題名は、『共産党宣言』をもじった「オバマ党宣言」。オバマ氏の施政方針演説は「かつてどの米大統領もしなかった、最も大胆な社民主義宣言」と評しています。

 オバマ氏が医療保険制度の拡充、高等教育費への補助などを打ち出したことをさして、「規制が強く、経済は硬直化し、社会は停滞し、過保護な欧州連合」型の社会経済に導くものだと指摘。“小さな政府”の立場から保守派に“警戒”を呼びかけています。

 新自由主義経済政策を強硬に擁護してきたウォール・ストリート・ジャーナル紙は、二十七日付一面で、今回の予算教書を「トリクル・アップ」と表現。大企業・大資産家を優遇すれば、そのおこぼれが庶民に回るとした新自由主義流「トリクル・ダウン」理論を真っ向から否定するものだといいたげです。

 さらに同紙は「オバマ革命」と題する社説で、「オバマ氏は連邦政府の役割を拡大しようとしているだけではなく、もう政府の力に逆らい得ないという決定的なところに至ろうとしている」と主張。「一年か二年後に、米国人が今とは非常に違った国に住んでいるというようなことがないよう、(野党)共和党は重大な議論を続ける義務がある」と物々しい調子です。

 ニューヨーク・タイムズ紙は二十七日付一面で、「なにはさておき、オバマ氏の提案は、過去三十年間、急速に拡大した経済格差に歯止めをかけようとするもの」とする解説記事を掲載。レーガン政権以来、米経済政策を支配してきた考えから決別する「大胆でラジカルでさえある門出」と分析しました。

2009年2月28日(土)「しんぶん赤旗」

環境・教育・医療に重点
米予算教書 財政赤字は最大規模

 【ワシントン=西村央】オバマ米大統領は二十六日、中期の財政見通しと、二〇一〇会計年度(〇九年十月-一〇年九月)予算の基本方針からなる予算教書の概要を発表しました。オバマ大統領は発表にあたって「米国をより強くするための投資や、経済の進展のための支出は犠牲にしない」と表明。環境・エネルギー、教育、医療の三分野を重点にすると強調しました。

 一〇年度は歳入が二兆三千八百十億ドル、歳出が三兆五千五百二十億ドルとなっています。

 環境分野では、二酸化炭素の排出権制度を創設し、一二年から一九年までに六千四百六十億ドルの収入を見込んでいます。石油・ガス会社に対する減税措置の撤廃も打ち出しています。

 教育分野では初等教育に重点を置いて、州への支援を強化。医療分野では、国民皆保険をめざす改革のための準備基金を創設する方針を打ち出しました。

 金融支援策では、昨年の公的資金投入枠七千億ドルに加え、必要に応じて追加できるよう、二千五百億ドルの財政出動を可能とする内容を盛り込んでいます。

 景気対策や戦費などがかさみ、〇九年度は財政赤字が一兆七千五百二十億ドルと史上最大規模となります。一〇年度も引き続き一兆ドルを超える赤字を見込んでいますが、大統領一期目の任期が終了する一三年度までに五千三百三十億ドルまで圧縮するとしています。

 財政赤字を実質GDP(国内総生産)比でみると、〇九年度は12・3%で第一次世界大戦以降では最悪。一三年ではこれを3・0%まで削減する方針です。

 今回の予算教書は就任後間もないため、概要にとどめ、詳細は四月ごろ発表の予定です。

イラク・アフガン戦費は減

 【ワシントン=小林俊哉】オバマ米大統領が二十六日に議会に送付した二〇一〇会計年度の予算教書の概要で、イラク・アフガン戦費は千三百億ドルとなり、〇八会計年度の千九百億ドルから若干の減額となっています。

 オバマ政権は、十四万人規模でイラクに駐留する米軍を段階的に撤退させ、戦費を大幅に削減するとしていますが、本格的削減は一一会計年度以降に持ち越されました。

 アフガン、イラクの七年以上に及ぶ戦争で兵士に負担がかかっているとして、陸軍を現在の約四十九万人から五十四万七千四百人に、海兵隊を現在の約十九万人から二十万二千人に増員する予算措置も要求しました。

 さらに兵器の開発、調達には巨額の経費がかかることから、調達プロセスの改善で効率化をはかるとの方針も盛り込まれました。しかし、現在、国防総省で検討が続いており、具体策への言及はありませんでした。

 またエネルギー省予算に盛り込まれた核兵器関連予算では、事実上の新型核兵器開発となる「信頼できる交代用核弾頭」(RRW)の開発費用の削除が明記されました。

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2009年3月 2日 (月)

書簡「ハマスを政治プロセスに関与させることが極めて重要」

 これまで、パレスチナの政治勢力ハマスに対しては、イスラエル、アメリカは言うに及ばず、ヨーロッパも排除政策が採ってきました。ハマスは、2006年1月25日のパレスチナ自治評議会(国会)の選挙で地滑り的勝利を収めたにも拘わらずです。投票率約77%のその選挙において、ハマスとファタハは比例代表ではほぼ互角、しかし選挙区部分で大差がつき、全132議席のうち、結局ハマス74議席、ファタハ45議席となりました。

 僕にはどうにも納得のいかない態度ですし、また以前からそういう指摘はあったのですが、また最近そういう報道を目にしたので、引用しておきます。この書簡が最も説得力のある考え方をしていると思います。

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2009年2月28日(土)「しんぶん赤旗」

米欧などにハマスとの交渉呼びかけ
元豪外相ら14氏が書簡

 イスラエルのベンアミ元外相や豪州のエバンス元外相ら、世界各地の紛争で和平交渉に携わってきた政治家、外交官十四人が二十六日までに、米欧などに中東和平の実現のためパレスチナのイスラム武装抵抗組織ハマスとの話し合いをよびかける公開書簡を発表しました。

 英紙タイムズ(電子版)によると、書簡は「平和はハマスとの話し合いによってしか実現しない」と題したもので、オバマ米政権の登場で現実主義にたった新しい戦略追求の希望がでているとして、和平達成にむけた戦略再考を求めています。

 ハマスは二〇〇六年のパレスチナ評議会選挙で勝利したものの、イスラエルや米国、欧州連合(EU)はハマスをテロ組織だとみなし、和平プロセスから排除し孤立化を図ってきました。

 書簡は、昨年末から一月にかけてのイスラエルによるガザ地区攻撃などを念頭に「最近起きた最悪の血まみれの紛争は、ハマスの孤立化を目指す政策が安定をもたらさないことを証明した」と指摘。「これまで(各種の)和平交渉にたずさわってきた私たちは、失敗した孤立化政策を捨て、ハマスを政治プロセスに関与させることが極めて重要だと考える」と主張しています。

 書簡は、ハマスに対しイスラエルの承認と、すべての暴力の中止を求める一方、経済封鎖や軍事侵攻の中でもハマスがパレスチナ社会を支え続けてきたことを挙げ、「われわれが望むかどうかにかかわらず、ハマスはなくなりはしない」と強調しました。

 そのうえで、ハマスとの交渉なしにはパレスチナとイスラエルの共存も平和も安全もないと提起し、「(交渉への)ハマスの関与が、テロや市民への攻撃を大目に見ることになるわけではない。実際には、実現可能な合意をとりまとめ、安全を達成するための前提条件なのだ」と述べています。

 書簡に名前を連ねたのは、両元外相のほか、北アイルランド紛争の和平交渉にかかわったパッテン英上院議員やアンクラム英下院議員(保守党)、国連のソト元中東特使らです。

2009年1月28日(水)「しんぶん赤旗」

ハマスと接触を
カーター氏

 【ワシントン=小林俊哉】カーター米元大統領は二十六日放映の米NBCテレビのインタビューで、同日から中東を歴訪するミッチェル米中東特使について、何らかの形でパレスチナのイスラム武装抵抗組織ハマスとの接触を図るべきだとの考えを示しました。

 昨年、中東を訪問し、ハマスと接触したカーター氏は「アッバス・パレスチナ自治政府議長とイスラエルが交渉中の停戦を受け入れるつもりだと約束している」と指摘。「ハマスを含まない形での中東和平はありえない」と述べました。

 ミッチェル氏は十日闇程度の日程で、イスラエル、パレスチナ・ヨルダン川西岸、エジプト、ヨルダン、サウジアラビアを訪問しますが、ガザ地区入りの予定はなく、ハマスとも接触はしないとしています。

 オバマ政権は、ハマスをテロリスト集団とするブッシュ前政権の立場を引き継いでいます。

2009年1月30日(金)「しんぶん赤旗」

中東和平
”ハマスを関与させよ”
カーター米元大統領語る

 【カイロ=松本眞志】カーター米元大統領は二十八日、カタールの衛星テレビ・アルジャジーラのインタビューで、将来のいかなるイスラエル・パレスチナの恒久和平合意にもイスラム武装抵抗組織ハマスを関与させるべきだと語りました。

 同氏は、昨年十二月にイスラエルとハマスの間での停戦が崩壊し、イスラエルがパレスチナのガザ地区に対する大規模攻撃を実施した問題に言及して、ハマスがそれまでの半年間、停戦を順守してきたと指摘。米国など西側諸国がハマスを「テロリスト」と呼び、排除してきたことを問題視しました。

 カーター氏は、歴代米大統領が米国内のイスラエル支持者に立ち向かえず、意思ももたなかったと批判。ハマスとパレスチナ解放機構(PLO)主流派ファタハの対立の背景には、「米国とイスラエルの妨害があった」と非難しました。

 カーター氏はまた、オバマ米新大統領が、ガザ停戦を呼びかけた最近の国連安保理決議に支持を表明したことを評価し、ミッチェル氏を中東特使に任命したオバマ新政権の中東外交に注目。同特使がパレスチナ各勢力とともに和平に向けて努力するよう期待を述べました。

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2009年3月 1日 (日)

ベネズエラ、大統領などの三選禁止を撤廃(2009.02.15)

 去る15日、ベネズエラで、大統領などの再選制限規定を撤廃する憲法修正が、概ね55%(約600万票)対45%(約504万票)(開票率94%)で承認されました。ベネズエラでの、アメリカ言いなりを拒否した国民本位の国づくりという社会変革過程の1歩前進として、この結果を一先ず喜びたいと思います。

 反対派は、この憲法修正を、独裁色の強化として反対したようですが、首相にも国会議員にも、また県知事や市長にも再選制限などない日本が独裁国家などと評価されることがないことからして、これはそもそも成り立たない批判でした。

 また、ラテンアメリカでは、大統領や国会議員が汚職にまみれ、権力を乱用する例が多く、これを防ぐという理由から、ほとんどの国で再選回数の制限が設けられて来たそうですが、「反対派の中核をなす学生」(毎日2月13日付)が「07年5月、政府がチャベス大統領を批判した民間テレビ局の放送免許更新を認めなかったこと」に反対しているようでは(同上)、これも説得力がありません。

 なぜなら、当該テレビ局は、2002年4月にチャベス反対派が、軍事力によって独裁政権を樹立すべくクーデターを起こしたとき、虚偽の報道を繰り返し流すことによってクーデター遂行に深く主体的に関与した政治勢力であって、単なる言論機関ではないからです。このような政治勢力が何らかの実効性ある規制を受けるのは、民主主義と法の支配を維持していく上で当然なされるべきことで、それはテロリストを始めとする犯罪者が法的に規制を受けるのと同様のことです。反対派が独裁反対を言うなら、このクーデターに確固として反対すべく、この放送免許の非更新を民主主義のためには当然のこととして支持しなければなりません。

 ただ、ベネズエラでは、国民の投票(意思)によって政治的選択を決して行くというやり方が定着してきていることも、今回の国民投票は示してくれたようです。CNN電子版2月16日付に依れば、

結果判明に先立ち、反政府系紙ウニベルサルは、反チャベス派の学生運動指導者が、国民投票の結果を尊重する意向を表明したと伝えた。指導者は『われわれは民主主義と憲法を信じる。いかなる結果でもそれを認める』と述べた

そうですし、AFP電子版2月17日付に依れば、

米国務省のノエル・クレイ(Noel Clay)報道官は17日、ベネズエラで15日に行われた憲法修正案の承認を求める国民投票が民主的に実施されたことを歓迎し、ベネズエラに民主主義と寛容の精神を支持するよう求めた

といった点にもそれは現れていると思います。

 ベネズエラにはまだまだ課題が山積みのようです。日経2月17日付に依れば、

・・・〇八年のインフレ率は前年比三〇・九%増と六年ぶりの高水準。スーパーの店頭では砂糖など価格統制対象品が姿を消すことがある。採算割れを嫌うメーカーが生産を手控えるためだ。

 頼みの綱だった石油を巡る環境も一変した。政府の歳入のうち約半分を石油輸出が占めるが、ベネズエラ原油は現在一バレル三五ドル程度で推移。政府は同六〇ドルを前提に〇八年予算を作成しており、歳入不足を補う具体策は見えない。

 もっと深刻なのは生産量の低下だ。英BPによるとベネズエラの原油生産量は一九九八年から〇七年の間に二五%減った。国営石油会社PDVSAが貧困対策などへの拠出を政府に強いられ、既存油田の生産量維持に必要な投資を続けてこなかったからだ。(カラカス=檀上誠)

という状況のようですから。

 「国民の投票(意思)による選択」という手段で、「アメリカ言いなりを拒否した国民本位の国づくり」という社会変革を一層進めていって欲しいと思います。

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 関連するしんぶん赤旗の記事/論説を引用しておきます。

2009年2月17日(火)「しんぶん赤旗」

大統領3選制限撤廃
国民投票 社会変革継続を選択
ベネズエラ

 【カラカス=島田峰隆】南米ベネズエラで十五日、大統領や州知事、国会議員などの三選制限を撤廃する憲法修正の是非を問う国民投票が投開票されました。全国選挙評議会が同日夜、開票率94%の段階で発表したところでは、賛成54・36%(約六百万票)、反対45・63%(約五百四万票)で、修正案は賛成多数で承認されました。棄権は約33%でした。

 今回の国民投票は、チャベス大統領の就任からちょうど十周年の時期に行われました。国民の多くは、新自由主義と対米従属から決別し、貧困層を支援する同政権の社会変革を継続・発展させる方向を選択したといえます。

 チャベス大統領は十五日夜、カラカス市内の大統領府で、「明確な勝利だ。今日われわれは未来へ扉を開いた」と勝利宣言しました。

 同大統領は「尊厳のなかった過去へは後戻りしない」と変革の継続を約束。二〇一二年に予定される次期大統領選への立候補に意欲を示しました。さらに「人間の尊厳への道は社会主義だ。真の社会主義への歩みを強めるよう呼びかける」と語りました。

 与党、統一社会主義党の党員や支持者らは、全国で旗やプラカードを持って通りに繰り出し、勝利を祝いました。

 反対派の学生運動指導者は、「結果を受け入れる」と表明しました。

 チャベス政権は、豊富な石油資源の収入を使い、無償の教育や医療、職業訓練、市場価格より食料品を安く売る店の設置など社会計画を進め、貧困を大きく減らしました。チャベス大統領は、「変革の深化にはさらに十年は必要」と述べ、憲法修正へ支持を訴えました。

 二〇〇七年十二月には、憲法に社会主義の方向性を盛り込み、大統領の三選制限を撤廃する改正の是非を問う国民投票が行われました。この時は反対がわずかに上回り、修正案は承認されませんでした。

2009年2月18日(水)「しんぶん赤旗」

ベネズエラ大統領3選禁止撤廃
国民投票が示したもの

 十五日実施のベネズエラの国民投票で、米国言いなりを拒否し国民本位の国づくりを進めるチャベス政権が提起した憲法修正案が、55%の支持で承認されました。これによって、大統領、国会議員、自治体首長などの公職について、これまであった再選回数の制限(大統領の場合は一回まで)が廃止されます。

《制限なしでも「選出は投票によって」》

 国民投票の設問は、現職にあるものが再選に向け候補者となることができるという「国民の政治的権利を拡大した」修正案を承認しますか、というものでした。再選される職務も「憲法に定められた期間」(任期)に従い、「選出は国民の投票によってのみ行われる」との補足説明がつけられています。

 今回承認されたのは、現職の大統領、議員らの立候補回数の制限の撤廃であり、任期満了になれば新たな選挙で国民の審判を受ける仕組みは当然残されています。

 「立候補制限廃止=終身制・独裁」という批判がありますが、与党側はこうした仕組みを説明しつつ、「憲法改正が大統領の自動的な再選を保障するものではない」と反論してきました。

 チャベス大統領は現憲法下で実施された二回の大統領選挙(二〇〇〇年、〇六年)で当選し、任期六年ですから、次回二〇一二年の選挙には立候補できない状況にありました。与党側は憲法修正の意味を、「国民の選択肢を広げるもの」と説明。宣伝物でも、同大統領の立候補を可能にすれば「よりよい社会実現へ必要な変革を継続できる」と解明していました。

 一方、反対票も45%に達し、一定の支持を得ました。

 ラテンアメリカでは、大統領や国会議員が汚職にまみれ、権力を乱用する例が多く、これを防ぐという理由から、ほとんどの国で再選回数の制限が設けられてきました。

 しかし、ベネズエラの場合、米国やこれに支援された野党勢力の抵抗にあいながら、国の仕組みを大きく変える事業が進められています。

 中小企業経営者を中心とするベネズエラ企業家連合のウスカテギ会長は、中小・零細企業を重視する方針をとっている現政権を評価し、「経済の自主的な成長を促す(革命の)プロセスの継続を保証するために」憲法修正が必要だと主張していました。

《投票で国民の意思を確認して進む改革》

 重要なのは、今回のように与野党が厳しく対立する問題でも、国民の意見を集約する国民投票というやり方で決着がつけられたことです。

 与党の憲法修正運動の責任者は、チャベス政権になってからの各種の選挙や国民投票は「今回が十五回目」であり、「国民はわが国の民主主義の参加型の性格を理解している」と語り、投票に参加した人々に「祝意」を送りました。

 中南米十八力国を対象にした世論調査によると、政治の変革に影響を与える効果的な手段として「投票」と回答した割合はベネズエラが最も高く、80%に達しています(ラティノバロメトロ08)。

 今回の結果は、投票によって国民の意思を確認しながら進むベネズエラの改革の姿を改めて鮮明にしたともいえるでしょう。(党国際局・菅原啓)

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2009年2月25日 (水)

中東問題の基礎知識 2

 不定期連載の続きです。

目次

中東問題の基礎知識 12月16日の記事

イスラエルの領土拡張
国家樹立めざすパレスチナ
オスロ合意とロードマップ
アラブ和平案
侵食されるヨルダン川西岸
パレスチナの内部対立
エルサレム

中東問題の基礎知識 2(この記事)

パレスチナ紛争の発端

日本共産党 知りたい聞きたい2月16日の記事

イスラエルと米国 どういう関係?

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2009年2月24日(火)「しんぶん赤旗」

中東問題 基礎知識
パレスチナ紛争の発端

 パレスチナ紛争の発端は、二十世紀初めに中東地域への進出を狙った英国がユダヤ人、アラブ人双方にパレスチナを領土とする独立国家建設を約束したことにあります。

 オスマン帝国のパレスチナではアラブ人とユダヤ人が共存していました。十九世紀末、欧州各国でのユダヤ人迫害を背景に、パレスチナに「民族郷土の創建」をめざすシオニズム(シオンはエルサレムをさす)の運動が起こり、欧州に住むユダヤ人のパレスチナへの移住が急増します。

 英国は第一次世界大戦(一九一四-一八年)でオスマン帝国がドイツ側について参戦すると、後方かく乱のためアラブ人の協力を得、他方で米国や英国などのユダヤ人財閥からの金融支援を得ようとしました。

 このため、英国は一九一五年にアラブ人の封建的支配層に「将来の独立を許す」と約束する一方、一七年にはシオニスト運動の指導者たちにも「民族郷土創設」への支持を約束しました。

 ところが英国は一六年にフランスとの秘密協定でオスマン帝国の分割を取り決め、第一次大戦後、パレスチナを英国の植民地にしてしまいました。英国の「三枚舌」外交と呼ばれるものです。

 ユダヤ人のパレスチナへの移住はナチス・ドイツによるユダヤ人弾圧で一気に増大。四五年には六十万人に達しました。シオニズムは、パレスチナ全域にユダヤ人国家をつくることをめざし、パレスチナ・アラブ人の国家を認めない立場でした。アラブ諸国の支配層もユダヤ人国家を認めていませんでした。

 第二次世界大戦後の四七年十一月、国連総会は二つの民族の自決権を認めるパレスチナ分割決議を採択しました。しかし、当事者間の合意ができないまま、四八年五月にイスラエル建国が宣言され、アラブ諸国はイスラエル建国を認めないとしてイスラエルを総攻撃し、第一次中東戦争が発生しました。

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